楽しい事を中心に、日記・エッセイ・格闘技批評・・ 色々やります。是非見てください!


プロフィール

米田一弘

Author:米田一弘
本名:まだ秘密。時がきたら。
趣味:格闘技観戦(テレビ、生)
血液型:O型
出身地:千葉
利き腕:右
利き足:分からない
好きな図形:二等辺三角形
好きな食べ物:レモン、梅、酢
好きな動物:アカセスジガメ
好きなひらがな:れ
好きな芸人:江頭2:50、上島竜平
嫌いな若手芸人:上記以外
嫌いな司会者:みのもんた、草野仁、黒柳徹子
嫌いな曜日:月曜日
好きな女優:松たか子
好きな格闘家:美濃輪育久
嫌いな格闘家:秋山成勲、曙

泣く子も黙る、本能系。格闘家、美濃輪育久に憧れるあまり、自らを『リアルプロレスラー』と勘違いしてしまった経緯を持つ。部活では叫びながらランニングをこなし、風呂では素もぐりの自己記録挑戦中に溺れかけ、飼っている亀の水は30分でかえてしまう。高校入学直後、自らを見つめなおすたびに出るため単身ハワイへ。友人に会う。帰国後、猛勉強を開始。「キモい」といわれる。
(一部嘘あり。)
余談だが、母の作るおにぎりは異様にデカい。3つで僕の胃袋を満足させる特性を持つ。そんな期待に応え、僕は彼らを食べる場を選ばない。ある時は電車で、ある時はバスで、そしてまたある時はショッピングモールの食品売り場で食べ歩く。「胃袋に空きがある限り、僕は食べる」が信条。



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PRIDE買収!!
PRIDEの買収の噂は本当だった。世の中には本当の噂もあるし、全くでたらめの噂もある。これだから難しい。
PRIDEの営業権はUFCにとられたと、27日正式に発表された。山にいったりで報告が遅れたが。4.8の大会を最後に、『PRIDE主体』のPRIDEは消滅する。PRIDEの親会社であるDSE社長の榊原氏は「地上波放送の復活、信頼と資本力の回復の為に」と決断にいたったようだ。UFCの代表も、PRIDEを乗っ取る、というような事は考えていないらしく、あくまで総合格闘議界の発展の為にこうしたそうだ。
ビジネスはきれいごとじゃ片付けられないし、簡単にいくものでもない。しかし、演出、選手、ルール、マッチメイクなど、PRIDEの軌跡が残るのなら大いに期待したい!そして地上波の復活を、心待ちにする。

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不発!ウェルカムパーティー
入学前にちょっと様子を知っとこうと思って参加した、大学合格者のみが来る交流会―ウェルカムパーティー―が不発に終わった。
会費のもとを取れる内容じゃなかったという意味だ。ビンゴなどの企画はイマイチだったし、友達もそんなに出来なかった。
でも、僕はもともとこんな人。友達は決して多くないし、人と最初から打ち解ける人柄でもない。いわゆる人見知り、という奴だ。だからこそそんな中で出来た友達はほとんど皆いい奴だし、濃い経験を共に出来た。大学に入ってもおそらく友達ができるまでには時間がかかるだろう
。望むところだ。入学式よ、どんとこいや!!

『PRIDEに対する、僕のPRIDE 』
皆さんはPRIDEという格闘技をご存じだろうか。プロレスかK―1かといわれたらK―1だが、決してK―1じゃない、そんな格闘技である。
PRIDEファンである僕にとって、フジテレビで放送される2、3か月に一度のその番組は、数少ない娯楽のうちの一つだ。
先日、その放送が中止になったという情報を、専門のサイトで入手した。放送まではあと2週間ほどだった。延期ではなく、中止と言う事は、PRIDEが現在行っている無差別級トーナメントも、2回戦からは誌面でしか見られないことになる。僕の大好きな『美濃輪育久(みのわいくひさ)』選手ともお別れだ。僕は、強行体制をとった。
右手に携帯、左手に新聞のテレビ欄を持った。フジテレビに直接抗議してやる。抗議のコツは知ってる。ガキがするといい加減にあしらわれるから、大人の声ですりゃいい。すでに『チャレンジ』という通信講座で試行済みだ。この手で僕は、契約違反ギリギリの取り引きまでこぎつけた。
テレビ欄に書いてあったフジテレビの電話番号にアクセス。
「お電話ありがとうございます。フジテレビです。」
出た。
「…。」
間を崩してやった。相手は無言電話かと動揺したはずだ。そして手を喉に当て、できるだけ低く、落ち着いた口調で会話した。
「あーもしもし、フジテレビですか?」
「はい、そうでございます」
「PRIDEが放送中止になったというのは本当ですか?」
「はい、大変ご迷惑おかけしております」
「それに対する理由の説明はないのですか?」
「はい、こちらとPRIDEさんとの間で契約に違反することがあったと言う以上は…」
「たくさんの人を裏切っておいて、フジテレビはそういう態度なんですか?」
「本当に申し訳ありません。」
「きっかけはフジテレビじゃないんですか?」
「申し訳ございません。」
「あーはいじゃあわかりました。フジテレビっていうのはそういういい加減な会社なんですね。もういいです。じゃあ私もこれからはフジテレビは見ませんよ。『とんねるずのみなさんのおかげでした』以外は。」
「申し訳ござ…」
途中で切ってやった。かなり不完全燃焼感が残っただろう。馬鹿め。
少し気分がよくなって、僕は『アンビリバボー』をつけるのだった。
(2006年6月9日記録)


喫煙事件!
ちょっと古いニュースだが、モーニング娘の加護が2度目の喫煙事件を起こした。
『モーニング娘。』じゃなくて『スモーキング娘』だったようだ。

さらば友よ、4月まで
今日(てか昨日)は山岳部の同期5人と遊びに行った。5人全員がそろったのは、まだピカピカの高校一年生だった時に映画『ターミナル』を見に行って以来だ。今度の4月にいく山行に、この5人全員が出席する事はほぼ決定だが、いづれにせよ、今回の集まりは何かの区切りを意味するの他ならなかった。
ボーリングにまず向かった。卒業式の日、あいにく出来なかった憎きボーリング。『180~240分待ち』と書かれていたが、気にせず予約。僕のプレイヤーの名前が『うん○』になった事と、学生証がなかった僕だけ料金が高かった事意外は何も不満はない。時を待った。
待ち時間、僕らは近くの地区センターへ。バスケ、バトミントンで完全燃焼した僕らは、ボーリング決戦に備えた。
自己記録101だった僕のスコアは今日で163に伸びた。カーブや速球、ヘビーボールを試みた1ゲーム目は94だった。
その後は夕食をとるためお好み焼き屋に。その店では、店員が全ての作業をやってくれ、トークが止まる事はなかった。もっとも、‘店員が全て仕切るお好み焼きのどこが『お好み』なんだろう’という疑問は残った。
家の都合でその後1人帰った。残った4人は山岳部時代にトレーニングで使った小高い丘に集結。昔話に花を咲かせ、小学生レベルの下ネタを披露し、卒業した今だから話せるぶっちゃけトークをしたりした。
今日のことも近々エッセイにしたい。でも今は明日(てか今日)の大学の『ウェルカムパーティー』とやらで頭がいっぱい。格闘技のビデオ編集もしたいし、この間の春山のエッセイだってまだ何も書いてない。入学式まで、まだまだ暇にはならないだろう。



『lies大豆』
―某番組で放送された『納豆ダイエット』は嘘だった―
朝刊にデカデカと書いて‘あるある’。その日の放送に限ってはほんとにたまたま視聴していた。無論僕はそれを決行しはしなかった。が、確かに感心したものだった。それがどうやら嘘らしい。『捏造』といわれ、放送の継続も危ぶまれている。ここで改めて『捏造』という言葉を‘じてん’で引いてみると『実際にはないことを、いかにもあることのように偽って作り上げて言うこと』とある。なるほど、確かにそういわれても反論はできまい。事実ならそれを認めるべきであり、何か違うならそれをはっきり言うべきだ。嘘は嘘を呼ぶ。
先日友人とマックにいった。センター試験の前日だ。長居は無用。しばらく話して、帰ろうと席を立つと、後ろにいたおばあさんが僕に話しかけて来た。
「高校生?中学生?」
少し二語目には抵抗を感じたが、
「高校3年生です」
と答えた。するとこのご老人、一人で来ていたため話し相手がいなかったらしく、僕に何やら話しかけて来た。
「昔は携帯がなかったから…」
「今はいじめられても…」
ご老人の声は大きくなく、あまり内容が掴めなかった。しかしこのあたりは、十八年間生きて来た経験を生かし、解読できた。おそらく、「今は機械が発達して、直接話す事が減った。自分の意見を言えない人が増えた。だからいじめも増えるし、抵抗できない人も増える」
ご老人の意見が正か誤かは別として、どうやら聞いて損のない話だ。ご老人が
「私の話分かる?」
といった。実際は、あまり分かっていなかったが、見栄みたいなものもあり思わず
「わかります。その通りです」
と答えてしまった。嘘は恐ろしい。ご老人がいった。
「じゃあ座りなさい。」
どうやらまだお話されるようだ。決して嫌ではなかったが、ここで肝となっていたのは友人の存在だった。センター試験の前日に、この場に付き合わせるわけにはいかない。僕はなんとかして早めに話を切り上げようと試みた。そのためには話を早く理解し、まとめる事が重要だ。
「私の家族はね…」
「昔からそうでしょ…」
「徳川家康は…」




わ、わからねぇ。真剣な表情から、真面目な話をしてくださっているのは分かった。でもこのままだと、「私の家族は昔から徳川家康」になってしまう。だから苦し紛れに、こういった。
「わかります。僕もそうなんですよ。」
どうやら問題は生じなかったらしい。ラッキーだ。
奇妙なタイミングに、幸運は巡って来る。昔流行ったワードに、『ナウい』というのがあった。『今時だ』という意味。『ナウい』の意味を知らなかった僕は、時代に乗り遅れてると思われるのがシャクで
「今日の天気ナウいんだけど。」
という感じで使っていた。向こうは僕がネタでいっていると思ったらしく、ツッコむ者はいなかった。なるほど。人生は何が起こるか分からない。これは僕の大好きな松たか子がドラマでいっていた事でもある。
おばあさんはまだまだしゃべる。聞こえてるフリをした僕のせいだ。ちょこちょこ時計を見ていると、おばあさんは急にりりしく
「もういいかね。」
といって去ってしまった。さすがは人生の大先輩。だてに修羅場をくぐって来てはいない。一本取られた。
人生には何が起こるか分からない。一つの嘘が30分の長話に発展させる事もあれば、突然ご老人に化学反応をおこすこともある。模試一つにしてもそうだった。絶対あってると思った一問を落とす時もあれば、鉛筆を転がした問題が当たってる時もある。いずれにせよ、粘り強くいきたいものである。納豆のように。
(2007年1月23日記録)

山行の反省会
25~28日の山行について、反省会が行われた。もう引退した3年(春から大学生)として、現役には今回できなかった事を出来る人になって欲しいと思う。今回の山は、現役の中で経験した事がある者が一人しかいないというものだった。だからやはり、現役は無力さや、これからへの不安も感じただろう。実際、僕の目から見ても課題の見えた山行であった。

しかし、今日の反省会は素晴らしかった。みんな本当に静かに、真面目に、厳粛に聞いて話して、メモを取っていた。今までの反省会の中で、一番良かったかもしれない。
僕らの代も、1年のときは何にもできなかった。山で動けるようになったのは春山のあと。あの反省会が嘘でないなら・・・
未来は・・・明るい!

米田・・・帰還。
春山から、帰ってきました!ハプニングあり、ブチ切れあり、喜びあり、驚きありでしたが。55キロだった体重は、厳しい寒さと山行により55キロになりました。・・・。食いすぎかな。
細かい事はまた今度。今日は疲れたから寝ます。

亀田対モラレス
亀田興毅の試合があった。



亀田見事勝利。判定にも文句ない。僕は正直亀田否定派で、これまでもランダエダややくみつるを応援してきた。しかし今日の亀田はとても好感が持てたので書こうと思う。
これまでの亀田はパフォーマンスを逸脱した挑発をし、僕から見たらプロスポーツへの侮辱とも思える行為を繰り返してきた。相手は見るからに弱そうな奴だったし、試合には魅力はないし、親父はうるさいし、番組は長い。ボクシングには全く詳しくない僕だが、亀田への反逆心は一人前だった。でも今日の亀田は違う。上記の事がほぼ全く無かったとみえた。ノンタイトルだった事と、あの髪型だけは残念だったが、十分だ。ああいうスタイルなら、応援する。判定直前にオーバーなパフォーマンスをしたり、頭を出したクリンチも見られたが、あれはボクシングでは良くある事。内容も両者アグレッシブだった。
そうなればもはや彼は、20代で必死にボクシング界を背負う好青年。応援しますよ。あのスタイルで頼むわ!勝利おめでとう!!

山よ・・・かかって来い!!
買出しは順調だった。食糧分担では『最初はグー』から必殺の『多い勝ち』へとつながれ、パーが勝つ。ジャンケンだと思い込んでいた僕はグーを出し不覚の敗北。見事17人中ビリとなり、メチャメチャ重くてかさばるものを持つ事になった。
また、その後何日目かの昼食である菓子パンも分けた。ジャンケンで買った順に選べる。OBは現役に先を譲り、あまったものをさらにジャンケンで分けることにした。6人の現役はグーとパーで3人ずつに分かれた。僕はグーだった。僕は思った。
‘今日はパーの日だ。今日だけならチョキにも勝てるかもしれない’

パーを出してまたビリになった。僕の手元にコッペパンと豆腐パンが舞い降りた。はぁ・・・。
だいたい今まで豆腐パンなんて買った事ねぇじゃねえか・・・。まぁいい。明日から山に行ってきます。雪山だからかなり危険だけど、悔いの無いよう全力でいってきます!!


ツボの分からぬ少年
公園で見かけた5人の少年たちの会話。
リーダー格のA君がB君に言った。
「おい、バカサルスーパーデビル。行くぞ。」
B君はA君に魂の返答。




『バカ』っていうのはやめろよ

・・・なぜ『バカ』だけに怒ったんだろう・・・。

同窓会
同窓会は夜6時から9時、とある自治会館で行われた。36人(ぐらい)クラスのうち、半分ちょっとが参加した。三年前(中3)のクラスのメンバーがこれだけ来れば十分だ。友人のM君が僕を迎えた。後向きで。腕を組んだまま、右手を手首の先だけ出し、人差し指と中指をそろえて立てている。べジータ(『ドラゴンボール』より)のまねらしい。やってくれるぜ。
みんなそれぞれお菓子を一品持っていくことになっていた。ポテトチップス(薄塩味)、ポテトチップス(コンソメ味)、かりんとうがあった。なぜか海苔塩味のポテトチップスは欠席のようだ。
皆、進路の報告や高校生活の思い出をそれぞれ語り、親睦を深めた。
昨日髪を切りすぎて異様にテンションの低かったS君、野球少年から一転して金髪ヤンキーになってたH君、一週間前会ったときと風貌をかえてパーマを掛けていたA君、ペットボトルの殴り合いでムキになっていたT君・・・。皆変わってて欲しかった。
結局僕は25日の山行にむけ、早退。でも十分楽しんだ。明日、というか今日は山行の買出し。びっちりしめていきましょー!!

『IQテイスト』
この間のIQテストについて書きたい。
テレビでは7時からIQテストが行われていた。昨年から行われている年に一回の特番だ。去年は次の日の学校で、それが話題を独占し、見なかった者は一日中疎外される事態にもなった。僕は決めた。「やめとこ。」去年のIQは98だった。平均を下回った僕は、番組を見なかった者以上に疎外されたものだった。それに8時からは『ジャンクスポーツ』を見なくてはいけない。途中でやめるなら…と試合放棄を決めた。どうせ次の日、適当に「俺110だったよ~」とか言っとけば乗り切れる。7:45。ジャンクを待ち望みすぎた僕は、早くもTVをつけるというミスをした。消すより何か見たい、そう思った僕はIQに緊急出場するのを決めた。すると、番組は早くも答え合わせを始めてしまった。古館のバカ。そう思っていると兄貴が横からいった。「一弘、これを使ってこれから勘でマークして参加しない?」手にしていたのは新聞に印刷された、テスト用マークシートだった。ただ僕も馬鹿ではない。IQテストに勘で参加するのがどれだけ愚かかぐらい知っている。僕はいった。
「やろう。」
次々に兄と僕はマークしていった。確率上、四択な訳だから4問に一問は当たるはずだ。A…C…A…D…D…D…D…D…。マークを終えてギリギリ答え合わせについていった。兄貴はいった。
「一弘、やったぞ、当たったぞ!!!」
兄貴が声を大きくして喜ぶのは珍しい。あのままやってたら、結果のIQがどれほどだったからは定かではない。ただ一つ言えるのは、IQテストの意義を理解していなかった僕ら兄弟こそが、確実に全国レベル級のIQの低さを保持していただろうと言うことである。
(2004年12月9日記録)

パスナビの掲示板行ってみ。俺いるから。同じペンネームで。
今日は部活に行く予定だったがやめた。昨日の内容が濃すぎたし、体調も整えたかったからだ。
生活のリズムを直す為に朝9時に起床。これが昨日出来れば(笑)
格闘技雑誌を探し外に出たり、『パスナビ』という携帯サイトに投稿したり、山行の下準備をしたり、ゲーム(マリオカート64。兄貴に勝利。第32第王者となる。)をしたり・・・。いろいろやった。
そういえば最近格闘技のビデオのダビングをしてない・・・。明日は夕方から中学3年のクラスの同窓会があるから、朝、出来ればやろ。

『HAPPY NEW 嫌ー』
1月1日。新年の挨拶をしに伯父さん、伯母さんの家に行った。そこには祖父、祖母もいらっしゃり、僕ら4人家族も含め総勢9名が集まっていた。そして数分後さらに4人が集まった。
従兄弟の家族だ。2歳の双子の娘さんもつれて来た。Kちゃん、Sちゃんだ。祖父も祖母もその子たちに会ったことはほとんどない。僕ら4人に至っては初対面となる。騒がしかった部屋の空気を止めて、彼女らとの対面に備えた。
登場した彼女らは、本当にかわいかった。一生懸命歩いていた。始め、わけのわからない奴等を目にした彼女は、固まってしまった。こういう時はまず自分が敵ではない事を伝えなくては。手を振ってみた。シカトされた。まぁいい。始めから仲良くなれるなんて事はあり得ない。僕は時を待った。
徐々に場に慣れて来たのか、空気が読めて来たのかは知らないが、二人のうち、特にKちゃんはしきりに喋るようになった。新年のプレゼントとして渡された絵本を見たり、エビを食べたりもしてくれた。このエビは僕の父がほぐした物だ。うまかった。たぶん僕が一番食った、どさくさに紛れて。
ちょうどその頃だ。Kちゃんは父に例の絵本を渡した。授与された父は、笑顔で話しかけていた。何といい光景なんだろう。He is my fatherだ。なのにどうしてあんなに親しげに出来るのだろう。僕は悟った。…


エビパワーだ。僕はエビをほぐし始めた。Kちゃんに渡そうとしたが、僕の右手は理性を失い、見事に僕の口にそれを運んだ。作戦失敗だ。
しばらくするとKちゃんに話しかけられるぐらいの距離になった。何を話せばいいか分からずパニクった僕は取りあえずキョドった。すると、なにかいい事があったのか、Kちゃんは笑顔でこちらを振り向いた。なんて自然な顔なのだろう。僕はほほ笑み返そうとした。彼女の顔から笑顔が消えた……。嫌われているようだ。クソ~、新年だから舐められちゃいけねぇと思って気合いを入れて作り上げた、このライオンのような髪型が敗因か…。まぁいい。そんなこんなで僕はついに帰る事になった。
帰り際だった。奇跡は起きた。Kちゃんが僕に手を振ったのだ。しかし僕は次の瞬間に気付くのだった。
僕の後ろで兄がKちゃんに手を振っていた事に。
(2005年1月7日記録)


迷いへのピリオド
EXILEというアーティストを知らない人はもはや少ないだろう。音楽に疎い僕でも知ってる、歌って踊れてイケテル若者だ。
ただユニット名がいただけない。英語にするのは勘弁して欲しい。
発音はみたまんま「グザイル」であってるらしいのだが、なんとなく通っぽく「グザイル」って言ってるやつもいて。
正しいほうにつくか、なぜか上から見られるのを避けるかの判断は難しい。だからこう呼びたい。
グザイル」。二つの意見を取り入れて、「アイウエオ」であいだをとってみた。
人間には黒人も白人もいて僕ら日本人は黄色人種。あいだを否定しては僕らの存在意義も否定される。これで安心。頑張れ、ウグザイル!

リベンジ成功!
やった。完璧なリベンジをした。今日はとても有意義な一日だった。
午前11時に、駅で待ち合わせ。家から30分の道のり。昨晩は山が近いこともあり、感覚を取り戻す為にシュラフ(寝袋)に寝た。それが祟ったのかもしれない。・・・

10時半起床だった・・・。もう無理じゃねぇか・・・。先輩2人、同期が4人来る今回のカラオケに遅れて行ってはいけない。朝食は後回しにして家を出た。祝日で、父が車を出してくれた。しかし・・・
渋滞・・・。後半の追い上げは凄まじかったものの、駅に着いたのは11時2分。少しとはいえ立派な遅刻。しかし・・・まだ一人しかいなかった。まさかの逆転準優勝でスタートした。
食事を皆でとった後、いよいよ勝負のカラオケ。ハモりあり、純粋なデュエットあり、おしゃべりありの楽しいときをすごした。午後6時までのフリータイムはあっという間に終わり(最後の曲はメドレーだった為、『ジャンケンピョン』だった)、1人先輩が帰った。プリクラを撮って(金を払う人はジャンケンピョンで決めた)同期の一人がまた帰った。
残った男子4人で午後10時まで食事。会話もメチャメチャ弾んだ。
完璧すぎる一日。明日は、控えめでもいいや。

『仁志の上にも三年』
父と3月11日の横浜ベイスターズの試合をタダで観戦できることになった。僕はなぜかはよくわからないが仁志選手のファンだ。ちょうど巨人からベイに移ったばかりだった。行かない手はない。そういえば、もう一人工藤選手もベイにいった。投手だからこちらは出場するかわからなかったが、仁志が出るならなんでもいい。ショート石井琢朗との連携にも期待し、父に対戦相手を聞いた。
「オリックス。」
オリックスファンには悪いが、微妙だと思った。ここ一年は受験で忙しかったこともあり、パリーグはおろかセリーグの動きもあやふやだ。横浜の選手だって、パッと出てくるのはせいぜい5人。これは仁志、工藤、石井に相当活躍してもらわなくては。
球場に着いたのは試合開始から一時間が経過した午後二時。ちょうど4回表が始まった時だった。オリックスの攻撃。スコアボードを見ると現在1対0で横浜がリード。一回裏に『1』と書かれていた。アナウンスで、選手交代について何やらいっているのを無視し、セカンドを見た。気付いた。
「仁志いないよ…」
さすがオープン戦。うまい選手ばかりを出すとは限らない。意外なトラップだった。投手も知らない選手。横浜の選手で僕が知っているのは二人しかいなかった。石井と種田だ。
だんだん気温が下がる中、投手戦が続いた。種田がバッターボックスにたった時は、
「ナイスフォーム!!」
といって必死で応援した。中途半端なバッティングのあと、交代させられていた。
これで両チーム計18名中、僕が知っているのは石井琢朗ただ一人。頑張れ。そんな中、アナウンス。
「ショート石井に代わりまして、藤田…」
誰っっ!?まさかのビンゴが達成され、試合も1対0のまま終了。エラーなし。オープン戦なのに、異様にしまった試合だった。
そして翌日。横浜が勝った1点は仁志の先頭打者ホームランだった事が判明。出てたのか。そして、彼は途中交代したようだ。僕が球場に着く数分前、3回の裏の最後のバッターをつとめた後で。
(2007年3月21日記録)



PRIDE消滅!!の付け足し
いろんな意見を聞く為、PRIDEの公式サイトやチャット、2ちゃんねるなどをみてみた。そのおかげで、僕の中でも新たな考えが浮かんだので、それを書く。
どうやら、情報は大きく分けて三つあるようで、
①買収は丸々嘘
②買収はするが、それはあくまで数名の選手の引き抜きを意味する
③買収は進み、PRIDEはUFCにのっとられる
というような内容だった。僕はこの中の①について深く考えた。
①の情報提供者によると、買収騒動はアメリカ(UFC)が否定しているらしい。ということは、だ。僕には直感でこんな考えが浮かんだ。仮にこの騒動を起こしたのがHERO’Sの広報あるいはそれにまさしく‘買収’された記者かなんかだったとする。買収は、ファンの意志ではどうする事もできないから、信じたファンは多少なりともPRIDEにマイナスイメージを持ったり、諦めを感じたりする。ファンの間でPRIDE離れが起こったら・・・またスポンサーの間で同じような事が起こったら・・・。PRIDE消滅は確定的なものとなる。なるほど、まんざらなくはない線だ。
PRIDEファンとして僕に何が出来るか。書きながら思ったのは、『待つ事』しかないということだ。公式発表がない今、どんな意見もありえるが、断定が出来ない。だから、下手に不安がらず、安心せず、公式サイトでの正式発表を待ちたいと思う。

PRIDE消滅!!
まだ断定ではないが、総合格闘技団体『PRIDE』はアメリカの総合格闘技団体『UFC』に買収されるようだ。これまでUFCはPRIDEに多くのファイターを輩出し、日本でPRIDEがメジャーになる=UFCもメジャーになる という図式が定着していて、とてもいい関係のように思えた。また、アメリカでは逆の利潤交換が発生し、双方にとって決して無駄ではない経営が行われているようにもみえた。
2006年夏にPRIDEは「暴力団関係」の問題で、地上波から撤退。資金面での問題から、消滅も噂されていた。大晦日の大会での地上波放送の交渉にも失敗。しかし最近はUFCのバックアップもあり、アメリカ大会が開かれ、復活の気配もあった。
その矢先の出来事だ。PRIDEは裏切られた。まだ正式発表はないが、<夕刊フジ>でUFCがPRIDEを買収し、さらにPRIDEと敵対しているこれまた日本の総合格闘技団体『HERO’S』との対抗戦予定しているとまで報じられていた。これは、裏切りだ。
もしかしたら、アメリカ進出の時点で、HERO’SとUFCはつながっていたのかもしれない。アメリカ進出をするからには、PRIDEは全てをかけて興行を成功させなければならない。当然、並々ならぬ資金が出る。買収の仕組みは良く分からないが、UFCはPRIDEが資金を持っていなければいないほど、買収はしやすいだろう。ここまで来るともう完全犯罪。HERO’Sは圧倒的に日本で一番大きな総合格闘技団体になり、地上波もある。しかもUFCとの交流で選手層も厚くなる。やられた。
僕はPRIDE派だ。この事件は悲しすぎる。演出も素晴らしいし、カードも選手層も試合内容もよかったPRIDE。芸能人をたくさん出して視聴率で人気を得るHERO’Sと違い、PRIDEは実力主義で総合格闘技を世に広めたのだ。ヒクソングレイシーもリングにあげたし、HERO’Sにあがった桜庭やタレントの金子賢ももとはといえばPRIDEの選手。HERO’S、おいしすぎる。
買収が真実ならもはやファンがどうこうできる問題ではない。気になるのはPRIDEに出場している優秀な格闘家。彼らはどこに行くのだろう。今後の展開に注目だ。


山行とBOOK OFFとカラオケ
山行に向けてアイゼンあわせをやってきた。いよいよ近づいてきた。気合いしかねぇ。
本当は今日、BOOK OFFに受験で使った参考書を売りにいこうとしていたが、「一冊10~100円ぐらいにしかならない」という情報があり、やめた。部室にでも置いて、後輩に使わせてあげよう。
明日は部活の同期の仲間と先輩二人でカラオケに行く。リベンジ戦は意外に早く組まれた(笑)いざ勝負!!

天然の友人の言い間違い
「‘別ればかれ’になったら、携帯で連絡すればいいね」

・・・

‘離れ離れ’の間違いでした。

手持ち豚さん。

『僕の走る道』
最近よく聞く会話。
「ねぇねぇ『ニート』って言葉あるべ?あれって、英語で『きちんとした』って意味なんだよ。意外だべ?」
僕らは受験生。英単語暗記を積み重ねた証拠なのだろう。だが僕はこれを聞く度、怒りを覚える。間違ったうんちくほどウザイものは無い。彼らが言う英単語は
『NEAT』。
そしてプー太郎を示す時事語は
『NEET』。
スペルが違う。ちなみにこれは『Not in Education,Employment or Traning』の略。十分意味に合致する。
怒りを覚えるというのは誰にでもある事だ。携帯の絵文字に『モアイ像』の絵文字があるだけでも僕は怒りを覚える。
僕の自転車、『松たか号』は僕の怒りがたくさん詰め込まれたマシンだ。高校入学直前に購入。ピカピカのママチャリだった。大きなカゴ。3段階ギアー。パンク防止剤。実用性は高い。
購入から一週間足らずのある日。家の前のスロープを通った。もちろんマシンで。ギアーを『1』にすることで、信じられないスピードで上れる。アルミボディーの強みだ。ところがこのスロープは質が悪い。しばらく行くと180度ターンが待っている。高スピードでのターン。
「ズズ」


カゴの加工が剥れた。かさぶたみたいだった。どうやら曲がりが遅かったようで、僕のカゴが外側の壁に当たったようだった。これだから大きいカゴは困る。
中学時代の友人との野球。帰路での会話も楽しい。もちろんマシンで。
「この缶捨てといて!」
走行中、いたずらな奴が僕のカゴにジュース缶を入れた。5人での缶の入れあいが始まった。まわりには小さなカゴのやつ、カゴのないやつばかり。不利だ。しかし僕は3段階ギアーを駆使し、スピードで対応した。近付いて手を伸ばし、入れようとした。
「ダン」
ギアーが勝手に変化し、バランスを崩した。
「ガン」
前にあった木に衝突。カゴがヘコんだ。これだから3段階ギアーは困る。
そういえばこの自転車で登校していた時は、週に2回はコケていた。みるみるうちにボロボロになった。
勉強目的で地区センへ行った。もちろんマシンで。駐輪場に止めた。帰って来ると、一番手前の自転車のタイヤが変形していた。ペコペコなのが、見ただけで分かった。タイヤに小さな穴。車上荒らしだ。お気の毒に。自分の自転車のタイヤには、パンク防止剤がつけられているので安心だ。自分の自転車に向かった。








タイヤが裂かれていた。おそらく、穴を開けてダメと見た犯人は、怒り狂ってそのまま裂いたのだろう。これだからパンク防止剤は困る。再起不能の松たか号。もう乗れない。
僕の暴走運転に耐えられたのはたった二年。ホイールは変形し、ブレーキはブチぎれた。ホイールの中心部にある支柱の役割をする鉄も一本足りない。自転車屋さんに見せたら「いつ乗車中に分裂崩壊してもおかしくない」らしい。
…。




こんなの乗れるか。新しいのを購入したが、なんだかんだで思い出いっぱいの松たか号。捨てられはしない。命懸けでもいい、またいつか乗ろう。そう思った。
先日母は言った。
「ゴミ収集屋さんが、うちの駐輪場の一弘の古い自転車、撤去してくれたわよ。」



お別れも言わずに去った松たか号…



くそっ。
(2006年12月19日記録)

責任感の強い部長
おしゃべりが多く収拾がつかない部活。現役の部長が叫ぶ。

「ちょっと聞いてください!!」

静まり返る選択Ⅴ教室。部長のコメントに耳をやる。

「いや、特に言うことは無いんですけど」

天然友人
ケーキを買いに友人がコンビニへ。「僕は買わないよ」と前置きし付いていった。二個入り400円のケーキを見て友人が一言。
「200円ずつ払えばいいね。」


・・・俺買わねぇ!!

OBから見た今の部活の現状
高校のときの部活は山岳部だった。今度の25~28日も、山行に行くことになっている。 現役生と、OB、OGをあわせて18人。結構な人数だ。これに対して同伴する顧問は2人。大変だろう。今度行く山は雪山。特に危ない。それにOB、OGといっても何年か前は生徒だった、素人。さぞ、先生って大変だろう、と思う。
ちょうどこの前、『氷壁』という本を読んだ。その本では、山で死ぬ者が出てきていた。今度行く山は‘高校生’レベルで行く山だし、顧問の山岳経験は並々ならぬものがあるわけだから、まず遭難なんて事はないが、油断できないのが山である。散々やりたい放題やった僕らの代も現役時代、山行中だけは気を引き締めてやっていたものだ。
今日、今度行く山についてのミーティングをやった。初めて‘OB’として参加したせいか、現役がとても力なく思えた。山行のたびに毎回作る冊子の内容を確認している時だ。おしゃべりは多いし、計画はまだまだ未完成だし、冊子の字は汚いし・・・。いい加減なところが多すぎた。僕らの代が、そういうことを注意せずに引退してしまった事もいけないし、それを吸収しようとしなかった現役も悪い。2年だってまだまだ1年に教えるべき事を残している。
僕が今日ふと思ったのは、先生の立場は本当に辛い、と言うことだ。ポジション的に、なにか事故が起こったときに一番咎められるのは先生だからだ。僕は顧問を慕っているし尊敬もしている。だから、頼むから今回、無事に登りきりたいと思っている。そしてまだまだけじめがついていない現役には、時が来たら必ずこういいたい。
山は舐めるべきではない。山の怖いところはどんなひとも事故を起こしうるし起こされうるという事だ。自分のミスで、他人が怪我をすることもありうる。
そしてまったくけじめのない何人かの現役生。現役の中でも自覚の芽生えていた奴等にもう少し協力して欲しい。運命的な確率で、同じ学年、同じ学校、同じ部活になったわけだ。できるだけ、同じ分だけ苦労して欲しいもんである。

『Dr.ソラゴトー診療所』
問題を出す。紙とペンのご用意を。
『ここにサイコロがある。ただし書いてあるのは「1」・「2」のみでそれぞれ三つずつ。確率は等しい。いま、このサイコロをふると「1」「1」と連続で出た。次に出る可能性が高いのは「1」「2」のどちらか。』
さぁ解いてほしい。


正解は…







「同様に等しい」である。これは独立事象に他ならないので、深く考えた者が負ける問題だ。‘サイコロは最終的にはだいたい同じ回数それぞれの目が出るから…’と考えれば「2」となってしまう。これを『ギャンブラーの法則』という。3チャンネルでやっていた。先日、うちのクラスのあるやつにこれを出したら、見事に式を書き出して「2」と答えた。
「ヴァカ!!」
といってやった。ちなみに、これをテレビで見た時、僕は「『サイコロをもう一度ふる』とは言っていないから1のまま」と答えた。
世の中、騙し騙され、だ。2006年はまさに人が人を騙した時代でもあった。『高等』学校は必修漏れ問題で正しく『荒唐』無稽な事をした。映画『いま、会いにいきます』で竹内結子が中村獅童に別れを告げて帰ったのは、過去の世界ではなく実家だった。
僕も騙された。2006年は忌まわしき…いや素晴らしきクラス、2年1組解散の年。そして夏休み前、同窓会が開かれもした。いつも僕はこういう会に出ない。出られない。マネー面だ。しかしこの時ばかりはしっかりとそれを確保していた。盤石の姿勢での参戦は必至だった。しかし、行けなかった。飼っているカメに異変が起きていたのだ。
『カンメン』、『リキ』、『ハッピー』の3匹を飼っている。
当時、ハッピーの様子が異様におかしかった。ケースをかえてからというもの、1ヶ月近く、ろくに餌を食べなかったのだ。ついにとある動物病院へ。症状や最近の様子を話した。すると医者は無理やりハッピーの口をこじあけ一言、
「喉に何か詰まってるわけで無いですね」
…勝手にこじあけないで欲しかった。そのあとも逆さにしたり口にティッシュをつめ、
「ほら、怒ってますよ。」
といったり…。
レントゲンで、肝臓に病気が無いと断言はしたが、やはり金は取られた。医者らしく、結構な額だった。ただ収穫もあった。カメは尻尾を見て、オスメスを判別する。6年経って初めて、ハッピーがオスだと確信できたのだ。
「十中八九オスですね」という医者の一言で。
医者に見せた後も、状況はかわらなかった。しかし、事態は思わぬところで終焉を迎えることとなる。
ハッピー、卵産む…



おい!!ハッピー、君はオスだろ!!あわてて医者に言う。
「あの、ハッピー卵産んだんですが」
「じゃあメスだったんですね」
「十中八九オスなんじゃないですか」
「断言はできません」
「レントゲンには写ってなかったんですか」
「わかりません」
…。
その後のハッピーはまったく問題なし。今では餌代に困るほどである。
ぼったくりのやぶ医者に乾杯。

(2006年12月24日記録)



『×4才の伯母』
先日、伯母からお年玉を添えたプレゼントが届いた。新年の挨拶では都合により会えないから、少し早めに送ってくれたらしい。ありがたい。また、伯母はたまにこうしてプレゼントも贈って来てくれる。別段誰の誕生日でもない、不定期なリズムで。巨人の連勝みたいなもんだ。
プレゼントはいつも、僕と兄の二人に向けて贈られる。18歳、20歳の青年宛てに1つ贈るというと、普通は何を贈ればいいかわからず、結局は図書券にでもなりそうなもんだが、さすが伯母。いつもなにかといい物を贈って来てくれる。少し前には、『段ボールも楽々切れる』というふれこみのハサミが贈られて来た。大切に、パッケージにいれたままにしている。
今回贈られて来た物は、室内用のラジコンだった。僕ら兄弟は今まで、インラインスケートとラジコンだけは一度足を踏み入れて極める前にやめてしまったというジンクスがある。リベンジのチャンスというわけだ。
ラジコンの正体は赤いボディーのヘリコプター。パッケージには多くの見出し。
『カンタン操作!!ビギナーOK!』
ありがたい。
『ちいさい!』
室内でやりやすいじゃん。ナイスナイス。
『カンタン!』
それはさっき聞いた。
『こわれにくい!』
漢字で書けよ。
『充電たった30分で、たっぷり遊べる飛行5分!』
割りが合わん。

少しだけ、嫌な予感がした。充電と飛行時間の比は6:1。人間にたとえると一日のうち、約20時間を睡眠で過ごしている事になる。すごい。
しかし、この年になったからこそ、‘ラジコン’という響きには惹かれるものがあった。説明書には『飛ばしすぎて天井に当たらないよう、パワーの調節にはご注意』の文字。少しの緊張。兄がコントローラーを握る。兄と僕の視線に囲まれ、スイッチオン。プロペラが回る。そばに落ちていたチラシがうごめく。本体が10cmほど浮く。僕は兄に言った。
「じれったいな。パワー、マックスにしていいよ」
兄が青ざめている。兄が静かにいった。
「もうマックスだ…。」

騙された。慌てて伯母からの手紙をよんだ。内容をうつすわけにはいかないが、趣旨はこんな感じだ。
『インターネットでみて、一目で気に入り、買いました。ちゃっかりうちの分も買いました。もしよかったら遊んで下さい。そしてよろしければ飛ばし方を教えてください。』
…感謝とともに、騙された、という思いも強くなった。発売元の問い合わせ番号に書いてあった電話番号にアクセス。「プルルルルル」という音が20回繰り返され、僕は受話器を静かに置いた。
それでも、僕らは負けなかった。策を練りに練った。コントローラーには、左に上下を操るつまみ、右に左右の旋回を操るつまみがある。右のつまみを活用する事で、新技を体得した。斜めに「カッカッカッカ…」と車体を引きずりながら滑走できるようになった。その後、近くにあった洗濯物にプロペラを引っ掛ける珍芸も会得した。車体を逆さにした状態で左のつまみをいじるとブレイクダンスみたいになった。右のつまみも左のつまみもいじらずに上に放り投げると、落ちた。
始めは壁に当たるとすぐにストップしていたが、しばらくして、それすらもしなくなった。ボディーをよくみると、発砲スチロールでできている事に気付いた。なんか、小学校低学年の自由研究みたいに思えてきた。
空中にあげた位置からスタートすると、長時間飛んでいられる事が次の日分かった。僕は天井近くの高さで保つと、一気にコントローラーごと放し、車体を落下させた。
「壊れればいいのに」
僕か兄のどちらからともなくそう言った。
パッケージの『こわれにくい』の文字が何とも憎かった、2006年の年末だった。
(2006年12月30日記録)


行ってきました熱海修行!
高速道路でうちの車にどんどん抜かれていくトラクター(トラック)。快適な旅はあっという間に現地に着いてスタートした。‘勉強合宿’できた熱海。空気も良い。
泊まるマンションに着いた。結構広い。布団のセッティングなど、ある程度の事を済ませ、温泉へ。午後9~10時の事だ。
温泉を出てマッサージチェアーを体験。高性能だった。思わず30分。『背筋伸ばし』モードが素晴らしい。
初日は家を出たのが遅かったし、着いてからも色々あったから勉強はなし。明日に備えて、早めに寝た。
二日目。てか最終日。今日で熱海を去る。早すぎる・・・。昼の12時から、勉強開始。これが目的で来ただけあり、僕はかなりマジでやった。大学に向けて、受験で使った塾の教材を再利用。英語の文法、長文。・・・わざわざ温泉の階に行って、マッサージチェアーの上でおこなった。すると、不思議な事が起こった。
勉強しながら・・・
体力が回復した・・・。

たぶんあの瞬間は、‘日本中で一番幸せに勉強している男’だっただろう。あっという間に4、5時間。父の仕事も済み、もう帰る事になった。意外に時間的には勉強できなかった、と言うのが本音だ。でも効率は半端ない。
帰り支度をしている時、僕は何か残したいと思った。僕がこの日ここにいたという軌跡を。布団が片付けられた畳を見て、思いついた。
‘俺・・・受け身やろ。’
あの時の僕に出来るのは受け身しかなかった。柔道は習っていたわけでも、体育でやったわけでもなかったが、格闘技・プロレスファンとして馴染みがある。おまけに目の前に畳。やらないわけにはいかないというわけだ。
前方受け身、後方受け身、回転受け身・・・全てを完璧にこなして僕は帰ってきた。ちなみにお土産は、なかなか買う時間が無かったから、サービスエリアで買った。家から車で30分の、サービスエリアでな。



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