楽しい事を中心に、日記・エッセイ・格闘技批評・・ 色々やります。是非見てください!


プロフィール

米田一弘

Author:米田一弘
本名:まだ秘密。時がきたら。
趣味:格闘技観戦(テレビ、生)
血液型:O型
出身地:千葉
利き腕:右
利き足:分からない
好きな図形:二等辺三角形
好きな食べ物:レモン、梅、酢
好きな動物:アカセスジガメ
好きなひらがな:れ
好きな芸人:江頭2:50、上島竜平
嫌いな若手芸人:上記以外
嫌いな司会者:みのもんた、草野仁、黒柳徹子
嫌いな曜日:月曜日
好きな女優:松たか子
好きな格闘家:美濃輪育久
嫌いな格闘家:秋山成勲、曙

泣く子も黙る、本能系。格闘家、美濃輪育久に憧れるあまり、自らを『リアルプロレスラー』と勘違いしてしまった経緯を持つ。部活では叫びながらランニングをこなし、風呂では素もぐりの自己記録挑戦中に溺れかけ、飼っている亀の水は30分でかえてしまう。高校入学直後、自らを見つめなおすたびに出るため単身ハワイへ。友人に会う。帰国後、猛勉強を開始。「キモい」といわれる。
(一部嘘あり。)
余談だが、母の作るおにぎりは異様にデカい。3つで僕の胃袋を満足させる特性を持つ。そんな期待に応え、僕は彼らを食べる場を選ばない。ある時は電車で、ある時はバスで、そしてまたある時はショッピングモールの食品売り場で食べ歩く。「胃袋に空きがある限り、僕は食べる」が信条。



最近の記事



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



FC2カウンター



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する



スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


二人目の天才(11月21日の日記)
川村二郎氏に会った。驚いて新鮮さを感じて憬れた、そんな存在。何気なく、でも自信を持って投稿した朝日新聞の作文コーナーの添削者。当時高校生だった僕は、添削される作文にプロレス界に求める事をしたためた。そして、返ってきたのは、添削されていない原稿と、忘れられないあの言葉(2008年8月31日更新の日記参照)。今日はあの頃の思いが綺麗に蘇って来た。


朝は7:30起き。あと5分はいいだろうとコタツで二度寝し、「頼む、そろそろ起きてくれ」という兄の声で再起した。学校に着き今日も論文をブースで説明する。
早く着いた僕は、無論学園祭係のI君(オーバープッシュ)が「発表の紙を黒板にセロテープで貼ったらダメらしい。マグネットかなんか欲しい」と言っていたのを聞きもちろん買いに行ってあげる。あとはこの心温まる話をI君が加工してゼミ内で広めてくれればそれでいい。僕はマグネットを求めコンビニ2軒を転々とし、文房具屋に行き着いた。
マグネットが見つかり、これで僕のゼミ内での立場は安泰だとニンマリしているところに入店して来たのは、サークルEの後輩Dさん(タメだが一応後輩にあたるポッパー)と後輩Nさん(ちょっと来いポッパー)。
後輩Dさん「あーヨネー!」
ヨネ「おー久しぶり~!」
後輩Nさん「うわぁヨネ先輩に似てる人がいると思ったらヨネ先輩でした。」
ヨネ「え、ダメなの?あ、今日教室公演だよな?で明日ステージ。」
後輩Dさん「そう。」
後輩Nさん「違います。」
ヨネ「なんで嘘ついた?」
後輩Nさん「ステージは明後日です。」
ヨネ「その頃には全部終わってるよね。そんなに来て欲しくないの?」
久し振りだな、後輩Nさん。君さ…








ちょっと来い。

教室に戻った。ブースにはやはり、大人から入ゼミを考える大学二年生、さらにはこの大学を志望する高校三年生まで幅広い人達が来た。いかなる量の時間やお金をかけて彼らがここに現れたか、僕は知らない。しかし、せっかく来てくれた人達にさの手間暇以上の価値を提供するのは、僕の仕事のような気がする。そして対価として僕は充実感をいただく。この考え方は我ながら結構好きだ。
入ゼミについてよく質問をもらった。僕が気をつけているのは、とにかく真実を伝える事。そしていかなる真実も、いかなる自分が正しいと信じている真実も、相手にとってそれがいいものであるという保証はない。だから僕は、学部の端から端の人全てを勧誘するような事はしない。「うちのゼミはこんなゼミだよ」と紹介し、また自分が所属してはいないゼミに関しては決して批判や曖昧な情報を口にする事なく任務をこなす。そして必ず最後に、「色々自分で見てみるといいよ」という。ここでは『投げっ放し』が、一番責任感のあるやり方だと思っている。
先日の個別説明会で僕のプレゼンを聞いてくれたらしい人が、ブースに訪れた。
「うちは4つのチームが論文を作ってるんですが、どの説明が聞きたいですか?これは~~についての論文で、これは~~…」
と概要を伝えようとすると。

「この間プレゼンしていた方ですよね?」。
なかなか嬉しい事を言ってくれる。
自然な流れで僕の論文を紹介する事に。論文の説明をし、質問を受け、ゼミ自体の説明もしたら、思った以上に満足げな顔を作ってくれた。彼が教室を出る時、
ヨネ「あ、これオレの名刺。裏にアドレスが書いてあるからいつでも連絡ちょうだい」
高二「あ、前にいただきました。」
ヨネ「…じゃあ二枚どうぞ。」
差し出したものは引っ込めません、オレ米田。出血大サービス。僕が人に優しくすることはそう多くない。彼は笑ってそれを受けとり、笑顔のまま教室を後にした。
彼は恐らく僕の今日の説明を、決して上手くはないが魂のこもった説明を、家に帰って名刺を眺めた時にちらっと思い出すだろう。その後は一瞬にして、忘れてもらって構わない。たった半年鬼のように時間と労力を費やして、たった数分熱く話しただけで、誰かの記憶を通り過ぎる事が出来るのなら、光栄である。
数分後、I君(オーバープッシュ)が僕に話しかけて来た。




「ヨネ~。ヨネがさっきあげた名刺、エレベーターの前に落ちてたよ。」
ショック過ぎる。
I君「裏みてみ。誰かに踏まれたのかな。ほら、足跡ついてる。」
ヨネ「ほんとだ…。」
僕は次の瞬間、静かにそして確実に、帰還した名刺を粉々に破った。

20091125014612



12:30に学校を去り、向かった先は川村二郎氏。互いに顔も分からない状態での待ち合わせ。改札で待つオレ、米田。13:30の待ち合わせの15分前に着き、人の波が来るたびに改札に目を張り、自分の持つ『川村二郎氏』のイメージに会う人を待った。しかし、巡り合えぬまま時計の針は13:35を刺した。そんな時、電話が。
ヨネ「もしもし。」
川村氏「もしもし、米田君か?あー、いた。」
後ろを向いた。そこには定年退職したとは思えないほどの確かな力強さを感じさせる、白髪のおじさん。改札で見逃しておいて言うのもなんだが、それは僕が描いていた『川村二郎像』そのものだった。
いくらか話しながら、喫茶店へ。数年前突然僕の前に現れた『作文の師匠』が今この瞬間僕の横に座っている。彼は何人かの学生を相手に作文の講座を行っている。
何人かの生徒が集まり、その度に僕は「米田一弘です」と自己紹介。緊張する僕を見て、川村氏は他の生徒を指さしながら言った。
「おもしれぇだろ?みんな『自分が正しい』と思ってるやつらばっかだからな(笑)」

川村氏は
「文を書くヤツってのは大体変わり者だよ。君もそうだろ?」
と続け、僕に目をやった。
「はい」
と答えた僕。

作文の添削を受けながら、なぜメディアに興味を持っているのかを聞かれた。いくつか理由を言った後、僕が付け加えたのは、
「あと、自分の文章が情報として世間に伝わって、それが責任を果たす事ならすごい事だなと思いまして。」
と言う事。しかしそれに対し彼は言った。
「『世のため人のため』なんてのはやめた方がいい。そんな綺麗な仕事じゃねぇよ。」。

彼は僕らと話しながら、色んな記者の色んな話を僕らに教えてくれた。その雰囲気はとても親しみやすく、しかしどこかに絶対に動かなそうな堅い意志みたいのを持っている距離感を感じさせた。そして言う話言う話に正しい間違っているを超えた説得力と清々しさと深みがあり、居心地がよかった。『努力で何もかもを乗り越えられる』と信じてそれを便りに生きて来た僕は、人を『天才』と位置付け崇拝する事を避けて来たが、彼はO先生に続いて僕が思わず崇めたくなる『二人目の天才』。

二人目の天才。彼は生徒の作文を次々と添削。彼に鍛えられている生徒の作文はもともとすごい文章だったが、彼のアドバイスで見事にまた生まれ変わった。
いよいよ僕の文章の添削の番。その時、彼は言った。



「この文章はまだまだ未熟だな。これはベットしてまた次に添削しますよ。」。
『あまりにも直すところがあり過ぎる』。これが今日の僕の評価。確かに周りの生徒の作文は僕なんかより秀逸で、人の文章でめったに笑ったり感動したりしない僕が思わずそうさせられるものばかりだった。そして僕は、高校の時と同じ言葉をもらった。

理論なしに感情だけで生きて来た僕は、今理論と理屈と論理性の世界で生きている。そしてその中で僕のスタイルは宙に浮いた。もしかしたら今の僕の文章は、昔のような勢いのあるものでもなければ、論理性もないどっちつかずの文章なのかもしれない。
このままで終われない。今の僕はそんな気持ち。ただその時言葉でもらったアドバイスも、そのあとみんなでラーメン屋に言った時に話した事も、たまらない時間となった。そして僕は17:00近くまで堪能し、がっちり握手して天才とその生徒と分かれた。

その後僕は祖父の家へ。祖父、父、兄と4人で泊まる。僕は祖父に、近況を話した。祖父は一つ一つにうなずき、一つ一つを褒めてくれた。そして今晩は、4人で晩酌し、みんなで寝る。

最近人と話して思うのは、自分は堅い人間だなということ。つまらない、少なくとも面白くはない人間だなということ。ただ唯一自分に言い訳させてもらうなら、昔は、ちょっと前自分の好きな事ばかりをやっていた時は、もう少し自分は面白く(それは笑いという意味でなく、人として。)、人間味のある人間だった。顔面がぶっ壊れそうになるぐらい笑う人間だった。あの頃の自分に、戻らなくてはいけない。じゃなきゃ、そろそろ『米田一弘』という人間がこの世から消える。

この記事に対するコメント

はじめまして、こんばんは。
いつもブログを読んでいます。
一つ聞きたいのですが、川村次郎氏は生きていられますよね?
2008年8月31日更新の日記を見る限りではお亡くなりになってると自分は解釈していたのですが、今回の日記と明白に矛盾しているので。
【2009/11/24 23:56】 URL | キラ #-[ 編集]

キラ 様へ
いつも読んでいただき、おまけにコメントまでいただきありがとうございます。おっしゃる通りです。必ず疑問に思われる方がいる、あるいはご指摘くださる方がいると思っておりました。リンクを飛ばすべきかどうかも迷ったものですが、やっぱりしない方がよかったですかね(笑)
結論から言うと、川村二郎氏は生きています(究極に失礼な発言ですが)。実は同姓同名の文芸評論家がいて、新聞記事およびネット(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B7%9D%E6%9D%91%E4%BA%8C%E9%83%8E)における情報から、僕が勘違いしていただけでした。失礼いたしました。
川村二郎氏が亡くなったと思った僕は、2009年3月あたりから今年の夏まで勘違いを続け、墓参りまでしようとしていました(2009年7月29日の日記の日記参照)。
確かいつだったか、その訂正記事を書いたと思うのですが残念ながら見つからず。大変失礼いたしました。
あと一つ。キラ様はブロガ-でしょうか?もしそうでしたらブログのアドレスをお教えいただけませんか?
【2009/11/25 00:20】 URL | 米田一弘 #-[ 編集]


川村次郎氏について説明ありがとうございます。
なんとか理解できました。
残念ですが自分はブログをやっていないです。
米田さんの物事に対して真摯な姿勢には、とても見習う事が多いと思いいつもブログを見ています。
これからも米田さんらしい文章を書いて下さい。
では。
【2009/11/25 23:07】 URL | キラ #-[ 編集]

キラ様へ
返信が遅れまして申しわけありません。
また、川村二郎氏に関する記事では、ご本人はもちろんきっともっとたくさんの方に不愉快な思いをさせました。重ねて申し訳ありませんでした。
キラ様はブログをやっておられないということで。正直、ブログは薦められるものではない気もチラホラしてます(笑)ただ、クソ媒体『ミクシィ』よりは、愚痴や馴れ合い、欝日記などによる『負の伝染』が少ないかな、ってぐらいです。
僕はキラ様のおっしゃるように、まっすぐに物事に打ち込むことに憧れていて、それを目指している人間です。ただ残念ながら、まだまだそうなりきれていないとも感じています。それでも、キラ様のように暖かくこの拙い文章を捉えていただけることはひたすら嬉しいです、はい。
電車の暇つぶしでもいいです。あ酒笑っていただいても全然いいです。ほんのたまにでもいいので、またお越しください。失礼します。
【2009/11/30 03:48】 URL | 米田一弘 #-[ 編集]


この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。