楽しい事を中心に、日記・エッセイ・格闘技批評・・ 色々やります。是非見てください!


プロフィール

Author:米田一弘
本名:まだ秘密。時がきたら。
趣味:格闘技観戦(テレビ、生)
血液型:O型
出身地:千葉
利き腕:右
利き足:分からない
好きな図形:二等辺三角形
好きな食べ物:レモン、梅、酢
好きな動物:アカセスジガメ
好きなひらがな:れ
好きな芸人:江頭2:50、上島竜平
嫌いな若手芸人:上記以外
嫌いな司会者:みのもんた、草野仁、黒柳徹子
嫌いな曜日:月曜日
好きな女優:松たか子
好きな格闘家:美濃輪育久
嫌いな格闘家:秋山成勲、曙

泣く子も黙る、本能系。格闘家、美濃輪育久に憧れるあまり、自らを『リアルプロレスラー』と勘違いしてしまった経緯を持つ。部活では叫びながらランニングをこなし、風呂では素もぐりの自己記録挑戦中に溺れかけ、飼っている亀の水は30分でかえてしまう。高校入学直後、自らを見つめなおすたびに出るため単身ハワイへ。友人に会う。帰国後、猛勉強を開始。「キモい」といわれる。
(一部嘘あり。)
余談だが、母の作るおにぎりは異様にデカい。3つで僕の胃袋を満足させる特性を持つ。そんな期待に応え、僕は彼らを食べる場を選ばない。ある時は電車で、ある時はバスで、そしてまたある時はショッピングモールの食品売り場で食べ歩く。「胃袋に空きがある限り、僕は食べる」が信条。



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NOT100点満点BUT100パーセント
100点満点と100パーセントの満足は違う。
僕はかつてここでそう言った事がある(2008年6月21日更新のエッセイ参照)。今日、まさにそれを感じた。今日の某新聞社の面接。たぶん評価は高くないけど、そこで発した言葉は100パーセント僕の言葉だった。そしてたぶんその数十パーセント相手に届き、その数パーセントは理解されたと思う。だから100パーセント満足している。
新聞社の中で、この企業は春採用の時から第一志望だった。だから春、絶対に受かりたかった。面接の3時間も前に会場に着き、レストランでその会社の新聞とESを読んだ。なかなか進まない時計の針に、僕は新聞、ES、新聞、ES…と繰り返した。そして『15分の面接で、自分の思いを全部届けたい』と意気込み、面接の練習をした。面接が始まった。顔が熱くなっているのが分かった。
「志望動機は」。
その言葉を『よーいどん!』の合図にし、用意した完璧な原稿を読み上げるように、僕は頭に詰め込み何度も復唱した志望動機をたたみかけた。
「志望動機は3つあります。1つは……です。これは自分の~~~という体験からです。2つ目は………」。
100点満点を目指した面接が終わった時は、まだ筆記試験を受けていなかったが、僕は確信した。『落ちた』と。その時僕がただただ思ったのは、‘落とさないでくれ!!’だった。
春採用の一般紙の面接の話は、これがすべてだ。『ES』『面接』『筆記試験』の総合評価で一次試験の合否を決めるこの新聞社以外の一般紙は、『ES』と『筆記』を通過しないと『面接』に辿り着けない。中学からうっすら描き、高校で少し濃くなって、大学で具現化した僕の記者の夢は、始まる前に終わった。春の就職活動で悔いがあるとすれば、それは唯一『素の自分をさらけ出そうとするがあまり逆に偽って伝えてしまった』この新聞社での面接だった。

あれから4ヶ月。この日を待ってた。あれから僕は、色々やったさ。夏就活するから早いうちに卒論頑張って、ゼミの後輩のレポートの添削深夜までやって、就活中盤戦に敢えて嘘ついて挑んで、クラブイベントのステージに立って、あとアルバイトも始めて、定期テストクリアして、そんな中記者のES書いて、説明会にも行ったりして。裁判所にも行ったな。ただ僕は、そんな激動の数ヶ月を過ごしても、片時も忘れたことはなかった。僕はまたなんか、成長したんだ。

昨日の夜、というより今日の朝4時。まだ起きていた。家族は皆寝ていて、リビングには僕一人。某新聞社の8月18日の新聞を読んでいた。凄く、静かな時間だった。秋採用で提出したESを眺めた。こんな質問が来そうだな、こんなのも来るかもなと考えた。でも、答えを深く考えたりはしなかった。いざとなれば、「分かりません」も僕の答えだ。そう思っていた。机に置いていた携帯に目をやる。春採用の時毎日のようにアクセスしていた某サイトの就活掲示板には、きっと先に面接を受けた者たちが『こんな質問来ました』と書き込んでいるだろう。でも、僕は伸ばした手を引っ込めた。7月下旬、全日本プロレスのバザーに行く直前の兄を思い出した(7月25日更新の日記参照)。
兄は馬鹿だ。『武藤敬司』というプロレスラーに憧れ、敬意まで抱いている。何年か前、両国に試合を見に行った時は、普段出した事のないような大きな声で必死で「ムトーッ!!」と応援し、大会終了時にはお前が試合したのかよってツッコみたいぐらいグッタリしていた。一年前に行ったバザーで初めて武藤を間近で見た時。最初、ひたすら写真を撮っていた。しゃがんだり立ったりしながら、武藤のあらゆる仕草表情をカメラに収めようとしていた。握手会の列に一緒に並んだらどんどん顔がテンパって行って、徐々に口数が減って。ついに来た出番の時には緊張で何も話せないでやんの。撮った写真には、ポーズ決める武藤の横で、口をジップで留めたみたいな顔の兄がいた。そして今年のバザー。兄が去年の反省をどんな形で活かすのか、僕は楽しみにしていた。驚いたよ。前日、「スキンヘッドにしたい。お父さん、刈ってくれる?」ってほざいた時は。昼、滅多に自分の買い物なんかしないくせに、バリカンとか買ってきちゃってて。武藤敬司がスキンヘッドだからって、お前がスキンヘッドにする意味ないじゃんと思ったけど、僕は黙っていた。そして兄はその夜、人生で初
めて坊主にした。バリカンの性能なのか、スキンヘッドの武藤というよりは、いがぐり頭の亀田興毅みたいな仕上がりになっちゃったけど、なかなか似合っていた。何より兄が満足そうだった。バザーの当日、不器用すぎるこの男にちょっと力を貸してやろうと思って言った。
一弘「最近の全日本プロレスのニュース知ってる?」
兄「し、知らない(笑)」
両国以来、僕も兄もプロレスを生観戦していない。僕は携帯サイトで毎日情報を仕入れているが、兄は携帯を持っていないから僕がたまに教える話を待つばかり。全日本プロレスはローカル放送をしているが、いくら毎週欠かさず見ても、半年前の試合をフラッシュバックするその番組から得られる情報は、所詮半年前の情報だ。さしづめ兄の知っている事と言えば、『武藤が今足を負傷し欠場中である』ということか。
一弘「今、全日本のベルトを誰が持ってるかぐらい、知っといた方がよくない?『武藤さん好きなんです!』『おう、最近の試合知ってっか?』『知りません!』じゃ、『え?』っていう空気にならない?」
僕は携帯を出し、全日本プロレスの今の流れを教えようとした。しかし兄は、「でもいいや」。
一弘「いや、知っといた方がいいでしょ(笑)」
兄「いや、ありのままで武藤さんと話すから。調べたりしたくないんだ。」

この言葉が脳裏をよぎり、僕も昨晩、某新聞社の面接を前に変な下調べをするのをやめた。そのあとは寝るまで、あの日バザーで兄が『スキンヘッドのつもり』の頭を見せて武藤に驚かれて撫でられながら写真撮った事とか、去年よりちょっとはマシな表情で写真に写れてた事とかを思い出したり。あと、武藤の帰り際に「お兄ちゃん!今だ!僕カメラ撮るから横並んで!もう一回写真撮れるよ!大ジョブ、ほらあの人とかもやってるじゃん。図々しくしたもん勝ちだよ!」と言ってカメラを構えた僕に押されて武藤に近付いた兄が、何するかと思ったら、小さな声で「武藤さん、足お大事に」と言った事とか。あの時はちょい、カッコよかったなとか思ったりもして。そんな夜だった。

8月19日。起床は9:00。緊張して早く起きすぎちゃってまた時間潰しに今日の新聞でも読むのかななんて思っていたが、何の事はない。いつも通りの慌ただしい朝だ。起きてリビングに来て二度寝するのを兄が止め、食事して歯を磨いて。電車に乗って面接会場へ行った。
待合室。いよいよ面接まで数分と迫っていたが、緊張はしなかった。プシュッと音がしたから屁でもこいたかと思ったが、隣りの女の子がコーラを飲もうとペットボトルを開けただけだった。前にいるスーツなし半袖シャツなクールビズ青年、隣りにいるコーラを飲み終えばっちりメイク中な女の子。彼らのおかげで気が紛れていたのかもしれない。
「米田さん」。
名前を呼ばれ、誘導されるままに一人ブースに入った。面接官は男性と女性の二人。女性から質問された。
女性「米田さんは弊社を春も受けていますね。どうでしたか?」
米田「はい。落ちて悔しかったです。悔いが残ってます。」
女性「どこまでいったんですか?」
米田「一次面接で落ちてしまいました。」
最初の質問は、うっすら想像していた志望動機でも自己PRでもなかった。ただ僕は、全く動揺しなかった。
女性「悔いが残っている?」
米田「はい。もっと自分らしく話したかったです。」
女性「と言いますと?」
米田「どうしても受かりたいって思ってしまって。15分で、全部その…ちゃんと伝えたいっていうか。そういう風に思っちゃって。言葉を考えて、覚えてしまったんです。ちゃんと思いを伝えられませんでした。就活生としても、報道を目指す者としても、失格だったなって。」
言葉は綺麗には出てこなかったし、正確な表現は選べなかった。厳密に言うなら、僕は4月の面接も、惜しんではいるが後悔はしていない。頑張りすぎて空回りしたのもあの時の僕の全力の結果だから、悔いはなく、結果を嘆いただけだ。ただ、面接で出た言葉は、ちゃんと僕の言葉だった。
「ブログを4年間書いていると。どんな事を書いているんですか?」
「ブログを通じて、書くのはうまくなりましたか?」
「卒論のテーマについて、分かりやすく教えてください。」
「卒論は、いい結果が得られそうですか?」
男性の方からも、質問があった。
「内定している企業はなんですが?」
「〇〇のニュースについて、米田さんはどうしたら解決すると考えますか?」
「最近のニュースで、自分の体験と共通するものってありますか?」

全部素直に答えた。最後の質問は難しかったから、少し時間をもらった。最後は僕に質問させてくれた。
米田「記者として必要な事って何だと思いますか?」
女性は答えた。
女性「思いやりだと思います。自分が聞く時、聞かれた側の気持ちになる事だと思います。」
そして男性。
男性「僕も同じなんですけど…。僕は時に感情を込めて、聞いている相手に共感する事って必要だと思います。報道って、ありのままを淡々と伝えることじゃないと思っていて。泣いたりしてもいいと思う。そうする事こそが、自分がちゃんと理解して届ける事に繋がるんじゃないですか。」

僕が未だに最高に自分の言葉を届けられたと感じている某テレビ局の面接と違い、やはりこの会社の面接官は、つつくような質問をしてきた印象が強かった。春採用の時も感じた、つじつまの合わない事や矛盾を聞くような質問だ。だが最後にした僕の質問への答えに、彼らの人柄を見た。それは某テレビ局の記者と同じ回答だった。
「記者として取材する時、一番大切な事はなんですか?」
という僕の問いに某テレビ局の記者はこう答えた。
「一番簡単で一番大切なのは礼儀を尽くす事。挨拶して、ちゃんと自分は何者で何をどいして伝えたくて取材するのかを話します。あと…たとえば事故で家族を失ったばかりの人に話を聞く時、私は自分が加害者になるつもりで話を聞きます。自分の言葉で相手がまた傷つく。ひどい事をしているという意識を持っています。」
こう答えた者もいた。
「一番大切な事は、誠実である事。無色である事。『こうでなければいけない』という信念はいりません。真っ白なキャンバスに色を塗ってもらう気持ちが大切です。自分が話しているその相手は、自分より遥かに努力したり、何かを感じたりした人です。その人に教えてもらうつもりで、話を聞きます」。

彼らの仕事こそ、僕の生きる目標だ。30歳で寿命死を掲げてはいるが、もし70、80まで生きるとしても、僕はこのまま生きたい。毎日悩んだり怒ったり笑ったりして生きて来て、そりゃ大変だったけど、後悔していないし、得たものもあった。だから毎日そんな事をして、それが伝えられたら最高だと思った。「知る喜びより知らせる喜びの方が大きい」らしいからな(2009年7月5日更新の名言参照)。
昔こう聞いた事もあった。
「取材って相手を傷つける事があって、それがよく社会で批判されると思うんですが、それについてどう思いますか?」―
説明会で会った某新聞社の記者も、面接で話した某テレビ局の記者も、同じような事を言ったと思う。
「取材で相手が傷つくというのは、事実だと思う。ただそれでもなんで伝えるかっていうと、『伝える事が意味があると信じているから』という言葉に尽きます。その事件は起きてしまった以上もうなかった事にはできない。でももしかしたら報道する事で、それを知った人が何かを感じて、運動を起こすかもしれない。もしそうなったら、それは報道の役割の一つだと思います」―

これが少し前にもったいぶった、記者の回答だ(8月11日更新の日記参照)。この言葉を聞いた時に思ったのは、人を傷つける『暴力』と捉えられがちな記者という報道マンこそ、実は一番の『弱者』なのではないかということだ。彼らは世の中の意見に反論しない。彼らは世の中の出来事を伝え、人の言葉を届けるが、自分達がどうして報道をしているのかという言い訳はしない。一番発信していて、かつ一番発信しない者達、それが記者だ。言い訳しないその姿、カッコいい。

さて、某新聞社の面接が終わった。何度も言うが、満足している。春は、どうか落とさないでくれと思ったが、本音を話しちゃんと向き合えた今はむしろ‘これで不適当だと判断するなら、落としてもいいよ’という気持ちだ。少し変な言葉になるが、そんな感じ。
会場を出たのは13:00頃。お昼時だ。近くに刺身の旨い店があるので寄ろうかと思ったが、やめた。1次試験、受かったらまたここで面接を受ける。もしも、もしも受かったら、そん時はクソ旨いマグロ丼食ったるわい。悔いの残らんよう、今日もこれから勉強。で、明日は某テレビ局の面接です。3か月前よりちょっと成長した米田が向かいます。

就職活動夏の陣。満足したらそれでいいのかって言ったら、それは甘いと思う。世の中ってのはもっと難しくて、大変で、面倒臭いものだ。ただ皆さん、米田一弘はこうして夏を、生きています。
まだまだ暑い日が続いておりますが、もっと熱く生きましょう。

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