楽しい事を中心に、日記・エッセイ・格闘技批評・・ 色々やります。是非見てください!


プロフィール

Author:米田一弘
本名:まだ秘密。時がきたら。
趣味:格闘技観戦(テレビ、生)
血液型:O型
出身地:千葉
利き腕:右
利き足:分からない
好きな図形:二等辺三角形
好きな食べ物:レモン、梅、酢
好きな動物:アカセスジガメ
好きなひらがな:れ
好きな芸人:江頭2:50、上島竜平
嫌いな若手芸人:上記以外
嫌いな司会者:みのもんた、草野仁、黒柳徹子
嫌いな曜日:月曜日
好きな女優:松たか子
好きな格闘家:美濃輪育久
嫌いな格闘家:秋山成勲、曙

泣く子も黙る、本能系。格闘家、美濃輪育久に憧れるあまり、自らを『リアルプロレスラー』と勘違いしてしまった経緯を持つ。部活では叫びながらランニングをこなし、風呂では素もぐりの自己記録挑戦中に溺れかけ、飼っている亀の水は30分でかえてしまう。高校入学直後、自らを見つめなおすたびに出るため単身ハワイへ。友人に会う。帰国後、猛勉強を開始。「キモい」といわれる。
(一部嘘あり。)
余談だが、母の作るおにぎりは異様にデカい。3つで僕の胃袋を満足させる特性を持つ。そんな期待に応え、僕は彼らを食べる場を選ばない。ある時は電車で、ある時はバスで、そしてまたある時はショッピングモールの食品売り場で食べ歩く。「胃袋に空きがある限り、僕は食べる」が信条。



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オレはお前らと踊れて・・・(11月20日前半の日記)
今までの自分の人生を全否定されたような、素晴らしいステージでした――――。

信じられるか?たかだか18歳とか、年取ってて22とか23とかの人間が作ったダンスのステージで、観客からこんな言葉をもらえたんだぞ?そう、11月20日の学園祭。サークルEのステージは、本気で最高だった。

8時に学校(ゼミキャンパス)に集合。ブレイカーは即着替えて、リハーサルに入った。前日、後輩N君(医学部であり4年生であり、いぶし銀の技術を持つ。)の怪我による出演ドクターストップが発覚し、ブレイカーは焦った。コマ生を『家族』といい、「誰ひとりとして代えのきかないショーケース」にした後輩S君(完璧男)の振りや構成。後輩N君が抜けたことは、実際大変な問題だった。しかし、「やりましょう」と言ってのけた1年生。後輩M君(ライトニングブレイカー)を始め、後輩N君のパートを分担して、振りを覚えた。不安なまま帰宅した19日の夜。後輩S君からこんなメーリスが来た。
『ブレイカー、結束の時です。試練は僕らを強くするために与えられるものです。必ず乗り越えられます。』
そして今日。見事に彼らはショーを完成させる段取りまでたどり着いた。彼らの明るくすっ飛ばしながらひたむきに頑張る姿は、投げやりになり諦めそうになる自分を奮い立たせ、勇気づけた。そして12時。教室公演が始まった。
OPやT君(フロムオタクトゥーロックフロム埼玉)のポップロック、『常時無礼講ロック』&『全力ロック』、M君(暴れん坊将軍)とM君(若武者)のロックスペをこなし、ブレイク。そこには、昨日入れられた振りを懸命にこなす後輩M君(ライトニングブレイカー)、右手の指を骨折にしているのにヘッドスピンからフリーズまでをこなしたK先輩(レジェンドオブ肝試し)らがいた。胸が熱くなった。ダンス歴4年、学園祭3回目のオレ、米田。ただステージ公演ではなく、教室公演で泣いたのは、これが初めてだった。

16:30からいよいよステージ公演が控えていた。しかしその前に、上級生の多くはもう一つのステージに立たなくてはならなかった。それが、『学園祭実行委員企画』。プレゼントが当たる抽選会の番号発表の時に、僕らサークルEがちょっと踊って最後にプラカードで番号を出すという手順だ。控え室へ。
D先輩(策士)とM先輩(オンリーツーエイト)と遭遇した。
ヨネ「あ、M先輩!」
M先輩「おー後輩O君(晴れ時々タメ口)!久しぶり~!」
後輩O君「お久しぶりですー。」
ヨネ「あの・・・M先輩?」
M先輩「うわっ・・・やば。ヨネの霊が見える・・・。縁起悪っ。」
ヨネ「ひどい・・・。」

控室に入った。前日、照明のチェックが長引いた都合で、僕らは練習を全くしないで本番に挑むことになった。ユニゾンの立ち位置は、30分前にR君(シャイニングブレイカー)がなんとなく確認した。
「うおぉぉ~不安だぁwww女子大Mでの公演を思い出す(2008年10月20日更新の日記参照)www」
練習不足による緊張は、さらに盛り上がることになる。
僕らの前に催し物をした男子チアのレベルが、高い。
「アイツらこれに照準合わせてきてない?笑」
「え、この企画ってそういう感じ?」
「ハードル上げないでくれwww」

しかしこの不安は、次に来たパラパラ軍団のショーケースでご破算となる。そのクオリティは、2年前とさほど変わらなかった(2008年11月27日更新の日記参照)。

実行委員企画は、あっという間に終わった。盛り上がりはなかなか。とりあえず、続く本番のステージ公演に期待値を下げるようなものにならなくてよかったと思う。そしていよいよ、時計の針はステージ公演の時を指した。
舞台裏で円陣を組んだ。本当に嬉しかった。去年、僕はサークルEのこの円陣を、ステージの観客席から耳で聞いた。今年は違う。確かに肩を組み、円に入っている。僕は、ダンサーとして学園祭の日を迎えたのだ。全てのショーケースに万感の思い入れがある。
OP。1年の時、当時から同期で一番へたくそだった僕。でも、S先輩(むっつりコマ責副代表)のおかげで、同期でただ一人、これに参加できた(2007年11月4日更新の日記参照)。R君(シャイニングブレイカー)から勇気をもらった(2007年11月20日更新の日記参照)り、先輩や同期から真面目にアドバイスをもらうきっかけにもなった、2年の時は、M先輩(鬼ロッカー)の配慮だった。ダンスをやめるといった僕に、最後に機会を与えてくれた。今年は、後輩O君(晴れ時々タメ口)の気遣いだった。人数的にパンクしているロッカー。それなのに、僕をメンバーにねじ込んでくれた。そしておかげで、OPはY君(シューティングスター)のソロをみんなで応援したり、その後慣れないハウスのユニゾンをしてみたり、ロッカーで各々好きな楽器を演奏するユーモアラスな振りを披露(ちなみにフロム埼玉・T君はトライアングル、僕はメトロノームを演奏。)したり、Y君(省エネロッカー)とのルーティンでY君が毎回わざと後方から僕の背中を蹴ったりという思い出を作ることができた。衣装作りの大変さも、際立っていた。ヒップホッパーたちに馬鹿にされ戦意を喪失したこともあった(2010年11月21日更新の日記参照)が、それはそれは本当に楽しい準備・・・な時もあり、最高に不安なOP。
そしてT君(フロム埼玉)のポップロック。『ポップロック』といえば『にわかポップロックチーム』だ。リーダーのI先輩(ギリギリ履修申告完了男)は、この学園祭に出ない。彼の思いを汲んで、絶対に出てやろうと思っていた。Mさん(鬼神)と久々に同じショーケースに出られることをワクワクしながら、コマでは思ったほど絡みがなかったことも今ではいい思い出だ。また、スベり続けた深夜練(11月11日更新の日記参照)、振り確のため1曲分丸々カウントを数えさせられたコマ。このコマには、T君の「みんなで楽しんでダンスをしたい」という思いが詰まっている。だから彼は、オーディションを行ったにもかかわらず、全員を合格にした。コマ責たちからの批判にも屈しず、そしてちゃんと作り上げた。ネタあり絶叫ありガチソロあり時間差ありアクティングありのコマは、衣装のスプレー騒動を含め(11月9日更新の日記参照)、本当に楽しかった。
そしてロック。前半部の後輩E君(グラン浜田)と後輩H君(関西の処刑人)の『常時無礼講ロック』と、後半部のY君(省エネロッカー)と後輩T君(ミスターツイッティング)の『全力ロック』は、合わせて6分。ロックを6分間踊るのはかなり無謀であり、両方でることは相当悩んだ。正直、いかなることを差し置いてもY君のコマには出ようと思っていたため、そうすると前半部に出るのはやめようかなとも思った。
「ヨネ先輩、前半部と後半部どっち出ますか?両方でます?」
後輩E君がそう聞いてきたのは9月上旬かなんかだったと思う。それに僕は、
「すんげー悩んでる。ただY君のには絶対出たいんだ。だから、お前らのを出ないで1、2年生主体のコマにしてもいいのかなとも思ってるんだ」
と言った。でも、後輩E君が言ってくれた。
「僕としては、T先輩(フロム埼玉)とヨネ先輩には出てほしいんですよね。コマの雰囲気的にも」。
この何気ない一言は、嬉しかった。少しでも必要とされるなら、僕はその任務を果たすまでだ。だから、どちらにも出ることを決めた。通し練で、前半部だけで肩で息を切らす日々が続き、やばいと思った。だから、11月から徹底的に体をいじめ抜き、深夜練の休憩時間を休憩しないで過ごしたり、基礎体力を作ろうと筋トレの量を増やしたり、アクロバット練を再開したりした。後半部は、Y君の振り。彼は僕にソロ出しをくれた。コマ生の多くが指をさす方向に、僕がバク転をして登場し『Get Down』をするというものだ。M君(暴れん坊将軍)もできるそれを、敢えて僕にやらせた。だから僕はコイツも完璧に決めたいと思っていた。実は10月中旬ごろから、この振りで僕はかかとを負傷し、はだしだと歩くこともままならない時期もあった。さらに一度通し練で頭から落ちかけ、バク転が怖くなった時もあった。正直、不安でたまらなかった。でも、「本番までに調整してできるようにする」と言った。これはオレの意地だ。同期は皆、コマ責をやっている。僕ほどお気楽に学園祭を迎えられる4年はいない。だから、これぐらい、仕事をしようと思っていた。
ロックスペは4年目にして初めてオーディションを受けられて、そして初めて受かった。コマを受けて改めて、自分がいかに下手なのか、いかに足を引っ張る存在なのかを思い知った。でも、コア責のM君(暴れん坊将軍)とM君(若武者)の目標は、「関東一のロックスペ」。愛する同期がそう言うんだ。便乗しない手はなかった。そして猛烈に嬉しかったのが、同期ロッカーの全員がこのコマに集まった事。初めてのコマの日がどれだけ楽しみでどれだけ楽しかったか。毎秒毎秒を楽しんだ。踊らない時は応援し、コマ責の話には一つ一つ返事し、コマの後には食事にいった。曲を聞きこみ、振りチェックで落ち込み、でも常に充実していた。オレはダンスが出来ればどこでもいいわけじゃない。隣に同期のロッカーが、M君(暴れん坊将軍)が、T君(フロム埼玉)が、M君(若武者)が、Y君(省エネロッカー)がいなければ意味がない。これに出るのは、2010年の米田一弘の意味そのものだった。
ブレイク。このジャンルに出る者の多くは、ブレイク一筋でダンスに打ち込んでいる。本職のロックすらへたくそな僕は、掛け持ちでブレイクを出来るわけがなかった。おまけに、週3回あるコマのうち1回は、Y君のロックと時間と曜日がかぶっていて出られない。本来なら、エントリーすらしてはいけないこの条件。でも僕は2年の時に出たブレイクを忘れることができなかった。出たいという意思を伝えたら、後輩S君(完璧男)が「是非ブレイクをよろしくお願いします」とメールをくれた。彼の気遣いには本当に頭が下がった。
正直、ショーケース内でもなにかこちらに気を使ってくれちゃうんだろうなとは予想がついていた。だからいつも僕は、「気を使わないで」と言い続けていた。2年前ソロをもらった『土ジャンプ』は、ロックスペのソロで使うことになっていた。だから彼を悩ませたくなかった、その時、彼がくれた見せ場は・・・M君(暴れん坊将軍)とR君(シャイニングブレイカー)とY君(シューティングスター)とのポージングだった。11月3日、決起会で礼をいう機会があった。ありがたすぎて泣いた(11月5日更新の日記参照)。R君のヘッドスピンを世界で一番近くで見られるのも僕だ。ロッカーの米田が、最後の学園祭のステージ公演で最後の出演するのはブレイク。仲間に入れてくれた者たちに感謝する。K先輩(レジェンドオブ肝試し)とR君(シャイニングブレイカー)がヘッドスピンで回り、Y君(シューティングスター)がエアーを抜く・・・あの瞬間は、自分勝手なオレでも本気で人を応援できるんだ。

ステージは、本当に最高に気持ち良かった。気がついたら叫んでいたし、気がついたら泣いていた。踊れる喜びと、これを1年間避けて通った悔しさと、これで最後なんだという寂しさで、泣き続けた。90分のステージは、明るく楽しく切なくさびしくアツく忘れられないステージとなった。
アウトロにて。後輩S君(完璧男)が代表としてマイクを持った。彼はお客さんにお礼を言った後、最後に言った。
「涙が流れるほど真剣に頑張っていることが僕らにはあるんです。」
そうさ。もう悩んだり苦しんだオレはいない。サークルEから始まったオレの大学生活は、このあとの数か月もきっとそれで埋め尽くされるんだ。
ステージ前、M君(暴れん坊将軍)がロックスペのメンツを集め一人一人に配った手紙。僕のに、彼はこう書いてくれていた。「おれは4年になってヨネがサークルEに復帰すると聞いた時、嫌でした」と。彼らが運営代を苦しみながら乗り越えサークルを作り上げた1年間、僕は僕の都合でサークルを去り、彼らのためには何もせず過ごした。彼の言う通りだ。僕は、ずるい人間だ、でも、彼が本当に思っていることを言ってくれて、嬉しかった。だから今年、僕は2年分の役目を果たそうと思っていた。でもどうだろうか?何もできていない。「お前は必要だよ」と言ってくれる者、「ヨネ先輩が来てから、またサークルが面白くなりました」と言ってくれる者はいた。でもそれは関係ない。僕は、苦しんでいない。だから、M君の言葉は問答無用に的を射ていた。それなのに、僕をまた仲間に入れてくれた同期に、感謝する。去年、自分勝手な僕は、「満点を与えるのは、そのステージにオレがいて最高の気分を味わった時」といって、2009年のあの素晴らしいステージに満点を与えなかった(2009年11月25日更新の日記参照)。でも今年、お陰様で満点だった。お前らのおかげだ。
前日、電車の到着で阻まれたから今言わんとな。
Y君(省エネロッカー)、T君(フロムオタクトゥーロックフロム埼玉)、M君(暴れん坊将軍)、M君(若武者)、R君(シャイニングブレイカー)、Y君(シューティングスター)、K君(飲み会ハッスラー)、T君(守護神)・・・てかサークルE。オレはお前らと踊れて、本当に幸せだ。

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