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楽しい事を中心に、日記・エッセイ・格闘技批評・・ 色々やります。是非見てください!


プロフィール

米田一弘

Author:米田一弘
本名:まだ秘密。時がきたら。
趣味:格闘技観戦(テレビ、生)
血液型:O型
出身地:千葉
利き腕:右
利き足:分からない
好きな図形:二等辺三角形
好きな食べ物:レモン、梅、酢
好きな動物:アカセスジガメ
好きなひらがな:れ
好きな芸人:江頭2:50、上島竜平
嫌いな若手芸人:上記以外
嫌いな司会者:みのもんた、草野仁、黒柳徹子
嫌いな曜日:月曜日
好きな女優:松たか子
好きな格闘家:美濃輪育久
嫌いな格闘家:秋山成勲、曙

泣く子も黙る、本能系。格闘家、美濃輪育久に憧れるあまり、自らを『リアルプロレスラー』と勘違いしてしまった経緯を持つ。部活では叫びながらランニングをこなし、風呂では素もぐりの自己記録挑戦中に溺れかけ、飼っている亀の水は30分でかえてしまう。高校入学直後、自らを見つめなおすたびに出るため単身ハワイへ。友人に会う。帰国後、猛勉強を開始。「キモい」といわれる。
(一部嘘あり。)
余談だが、母の作るおにぎりは異様にデカい。3つで僕の胃袋を満足させる特性を持つ。そんな期待に応え、僕は彼らを食べる場を選ばない。ある時は電車で、ある時はバスで、そしてまたある時はショッピングモールの食品売り場で食べ歩く。「胃袋に空きがある限り、僕は食べる」が信条。



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盾なき旅(3月4日の日記)
旅行3日目米田です。
朝は6:30起き。ホテルの朝食がサービスで食べ放題バイキングだというから、遠慮なく食べまくる僕。パンとご飯どっちにしようか悩んだから、1週目にパンにして2週目にご飯を食べた。ご飯はたまごふりかけか普通の生卵か悩んだから、両方かけた。
チェックアウト。鳥取はまた雪が降った。鳥取の天気は読みづらいことで有名らしい。そういえば昨日も降ってはやんで降ってはやんでを繰り返していた。8:10、荷物をコインロッカーに預けいよいよ、鳥取砂丘へ。持ち物は財布ケータイカメラ。
到着して意外だったのは、着いて一面に広がっていたのが砂ではなく雪であったこと。またゴンドラが停まっていたこと。そしてラクダ乗りが今日は中止だったということ。無言で雪まみれの砂丘を歩く。色々計画とは違ったが、やはり無心になれる感じは悪くなかった。日本海の波打ち際まで来て、ちょっと長身に乗っているすきに長靴に大量に海水が浸入。靴下はびしょびしょになった。そして数分後、先ほどいた波打ち際に見覚えのある黒いケースを発見。



ってオレのカメラじゃねぇぇぇかぁぁぁ!!

慌てて回収したが砂まみれ、水浸しで望みなしのカメラ。案の定、壊れていた。旅の記録、さようなら。
梨ソフトクリームを食べようとしていたが、寒かったので中止。カメラが壊れたショックから立ち直れぬまま、放心状態でバスに乗って鳥取駅に戻った。
鳥取駅から浜坂、豊岡、福知山、園部と経由して京都へ。弁当を買おうとしていた浜坂で完全に寝入っており乗り換えがギリギリになってしまったため、昼食は京都駅で17:00頃に買ったトンカツ弁当。ホテルに着いてチェックイン時に1500円ほどおまけしてもらい時計粉砕で損ねていた機嫌を回復した。部屋がクッソ狭かったのは意外だったが、弁当を食べてご満悦。夜、京都の繁華街を回ってそば食って帰還。いい旅だった。
4日間の旅のうち、3日目を終えた。僕はいい感じに、自分を見つめ直し、また勇気を蓄えることができたような気がする。僕は少し気付いた。僕は思ったより、やっぱり汚い男だった。僕はいっつも言い訳してきた。なにかが上手くいかないたびに、ツイてないとか才能に恵まれてなかったと思い、他人から誤解されるたびに自分を守るために‘アイツはなにもわかってない’と気にしないようにした。それが間違っていたとは限らないが、僕はどこか、人を見下す事も多かった。アイツにはわからない・・・アイツと自分は違う・・・アイツならオレを分かってる・・・。嫉妬や嫌味にならないよう、相手の凄さを認めるように努めてきたつもりだし、相手を否定しないように努めたつもりでもあるが、反面時に自分を誇示し、強く見せ、怖さを常に隠していたことも多かったように思う。
昔の話をしたい。幼稚園の時、運動神経にやや恵まれていた僕はリーダーだった。園庭でいつもグループを率いていた。勉強も好きだったから、小学校に入ってもリーダーを続けた。班長、リーダー、代表委員・・・常にトップにありたい、あって当たり前だと思っていて、いつしか人を下に見ることが多くなった。そしていじめをした。先生の知らない所でクラスメートからゲームをパクり、数日とはいえ不登校に追い込んだ。先生にバレた時はグループのヤツのせいにし、僕は一言も謝らなかった。謝らずに終えた関係はたくさんある。
小学校低学年の時、幼馴染みの女の子が帰り道、「転校することになった」と言った。「寂しい」「ありがとう」「」のまたいつか会おう」のいずれも素直に言えず、出た言葉は「え、やったぁ!!!」。彼女は家に帰って泣いたらしい。彼女の親が電話をかけてきた。でも結局最後まで、本心を言えず、謝ることもしなかったように思う。僕は本心から逃げた。
中学、高校、そして大学生になった今も、それは変わっていないように思う。『国民の三大義務はお礼と謝罪と恩返し』と謳いながら、僕は恩返しをお礼と謝罪代わりにして本音を避けた。世の中に永遠はない。好きになった者と別れるのが怖く、だから「好き」と言ってもっと『好き』となるのが嫌だったのかもしれない。大好きな者にこそ、「好き」と言えなかった。そして終わった。この何年か、もしかしたら人生でずっとそうだったのかもしれない。僕は自分の弱さで、人を傷つけ続けた。
何かを盾にして生きるのは簡単だ。なにかのせいにして、汚点は「たまたま」、あるいは「○○のせい」にすればいい。ただ一人旅で今、盾がなくなった。右にも左にも前にも後ろにも、この部屋には今僕しかいない。今、すごく大事な時間を過ごせている。
旅は明日、最終日。

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