楽しい事を中心に、日記・エッセイ・格闘技批評・・ 色々やります。是非見てください!


プロフィール

Author:米田一弘
本名:まだ秘密。時がきたら。
趣味:格闘技観戦(テレビ、生)
血液型:O型
出身地:千葉
利き腕:右
利き足:分からない
好きな図形:二等辺三角形
好きな食べ物:レモン、梅、酢
好きな動物:アカセスジガメ
好きなひらがな:れ
好きな芸人:江頭2:50、上島竜平
嫌いな若手芸人:上記以外
嫌いな司会者:みのもんた、草野仁、黒柳徹子
嫌いな曜日:月曜日
好きな女優:松たか子
好きな格闘家:美濃輪育久
嫌いな格闘家:秋山成勲、曙

泣く子も黙る、本能系。格闘家、美濃輪育久に憧れるあまり、自らを『リアルプロレスラー』と勘違いしてしまった経緯を持つ。部活では叫びながらランニングをこなし、風呂では素もぐりの自己記録挑戦中に溺れかけ、飼っている亀の水は30分でかえてしまう。高校入学直後、自らを見つめなおすたびに出るため単身ハワイへ。友人に会う。帰国後、猛勉強を開始。「キモい」といわれる。
(一部嘘あり。)
余談だが、母の作るおにぎりは異様にデカい。3つで僕の胃袋を満足させる特性を持つ。そんな期待に応え、僕は彼らを食べる場を選ばない。ある時は電車で、ある時はバスで、そしてまたある時はショッピングモールの食品売り場で食べ歩く。「胃袋に空きがある限り、僕は食べる」が信条。



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米田祭~真撃の巻~最後舞(ラストダンス)編(11月23日午後の日記)
S先輩(ムッツリコマ責副代表)、僕3月でダンスをやめるんです―


世の中にはどうしようもない事があるのかもしれない。ダンスによって輝いた僕のこれまでの大学生活は、4月にその瞬きをやめる。ずっと前、そう。今年の5月初旬あたりから僕はその現実と戦って来た。理由は言えない。「どうしようもない」、ただそれだけ。真実を貫くなら、そこにある陰鬱な動機もさらけ出すのが正解だが、僕はそこに照準を絞りたくはない。そうすればそれ自体が虚構になる。

5月に決まった『2009年3月、ダンスとの別れ』。なんとかしようと目の前の問題を処理しようとし続けた。数え切れない膨大で強力な課題を前に、僕は今年の8月に最終決定を出そうとした。そう、7月8月が僕にとっての勝負所だった。しかし、『現実』というリアルがまたも立ちはだかり、皮肉にも逆転を望んだ8月こそが僕にダンスの終焉を強要する月となった。来年、たとえどんなに事が上手くいこうとも少なくともクラブイベには出られない。きっと何も出来ない。
覚悟はしていた。だから2008年のクラブイベ。ロック、ポップ、ブレイク、チームなどと、サークル内で最多ジャンルに出演した。去年は出なかった8月のイベントQ、イベントB、10月の女子大Mの学園祭、11月の女子大F学園祭に強行出場したのもそのためだ。連盟のチームを諦め、来年2月からの連盟への参加を辞退したのも、残る期間をサークルEで楽しみたかったから。そう、全ては繋がっていた。

夏合宿で『覚悟を伝えた』と書いた事があった(8/24の日記参照)。あの時に僕が話したのはR君(シャイニングブレイカー)だ。ダンスをやめるというのを口に出したのはあの時が初めてだった。
誰に伝えるか、いつ伝えるかは賭けだった。少なくとも僕にとっては大きな問題で、それを不確定な時期に知らせる訳にはいかず、かといって学園祭に向けサークル全体が熱くなった時期にいう訳にもいかなかった。そしてその話をするのにも、一番影響を及ぼすであろう同期でありかつ、絶対に秘密を守るヤツでありかつ、僕の話にまっすぐに頷くヤツである必要があった。ロッカーの面々はいい意味でも悪い意味でも真剣で仲がよく、折れやすく立ち直りやすい。その点で僕は、他ジャンルの人間に伝えようと決めた。そこで真っ先に浮かんだのが、このサークルEとの関わりが始まった2007年4月の花見から、ずっと、共に練習して来たR君だった。
深夜に呼び出したR君に、僕は淡々とダンスをやめるという‘既成’事実を伝えた。R君は最後までその話を聞き、何度もどうにかならないかを問い、最後に「涙も出ねぇよ」と言った。R君に聞かれた、
「やめる理由の一つに、施設係も入ってる?」
という問いに、真っ先に
「入ってない。」
とは言えなかった。その時に、R君は…







「こんな事なら、オレが施設係やりゃよかったよ」。
僕はそれを聞き、嬉しくて、切なくて、ありがたくて、泣きたかった。

夏合宿が終わりいよいよ学園祭に向けて動く時期となった8月下旬。僕はM先輩(鬼ロッカー)にメールをした。
『この時期にこんな事言ってすみません。でも学園祭に水をさしたくないので、内緒にして下さい。』
と言って、僕はM先輩にも、4月からはサークルEに籍だけを置いた形でフェードアウトすると伝えた。どんなに熱く結束があるサークルでも、そのメンバーが退く覚悟をした際は、代表と言えどそれを止める資格はない。僕が待っていたのは、『わかった』の一言だった。
でも、M先輩は違った。『言いたい事はわかった。絞め殺す』と、そこに少しの無念な思いを乗せてくれた。少なくとも、僕はそう捉えた。憧れの先輩であり、サークルEに入るきっかけとなったダンサーであり、花見で駅まで送ってくれた一番初めにお世話になった人間であるM先輩からのメールを、僕はしばし見つめた。

米田一弘に時間はなかった。来年度が無理と決まり、学園祭の練習が今まさに始まる時期に、僕に出来たのは2つ。それが施設係として懸命に代表副代表を支える事であり、もう一つが、お世話になりすぎたコマ責たちの気持ちを伝える事だった。絶対にコマ責を担う事はないと決まったあの時期だから、僕はこれからサークルEを引っ張っていくであろう後輩ロッカー数名を集めた少人数コマ『かずひロック』を開き、コマ責がどうやって学園祭のコマを作り上げるか、どんなコマになるのか、その時僕らはどうすればいいのかを伝えた(9/24の日記参照)。

ダンス引退までに共に踊りたかったのはR君(シャイニングブレイカー)だけではなかった。学園祭のコマで何を取るか散々悩み、結局その思いでブレイクを取りR君との共演は決まった。もう一人。それがK君(飲み会ハッスラー)だった。去年、一緒に少し話して以来、ダンスのジャンルも風貌も違う彼に不思議な憧れを抱き、連盟で心を通わせた。K君と組みたくて加入したチーム、それが『にわかポップロックチーム』だった。しかし、夏合宿までその機会に恵まれず、僕はY君にそこでチームを脱退すると告げていた。
しかし、動いた。ミニ学園祭に、K君を含んだ真にわかポップロックチームで出演する事が決まったのだ。そう、R君にしてもK君にしても、組むならあの時しかなかった。あれを逃したら次のチャンスがなかった。だから、飛び付いた。
ミニ学園祭が近付くにつれ、‘もうすぐ夢が叶う’という喜びと共に、‘これを実現させたらいよいよ引退への土台が固まる’という恐怖と戦う事になった。本当に思いがけないタイミングで任されたミニ学園祭のOPのロックパートは、そんな心境から自然にテーマが『ノスタルジック』になった。昔を思い返す、それがあの時の僕に出来た精一杯の現実との向き合い方だった。

ミニ学園祭が近付き、同期のOP出演者が集って来往舎でホーシングの練習をした時があった(10/7の日記参照)。僕はそこで、K君(飲み会ハッスラー)に11/2の女子大Fの学園祭を機にチームを脱退する事、そして来年の4月、ダンスをやめる事を告げた。サークル内でこれを告げるのは、これで最後にしようと決めていた。K君とずっと踊りたかった、それが叶って嬉しい、でももう時間がない。僕が話し始めると、K君は口にくわえていたタバコをやめ、黙りこんだ。涙でビチャビチャになり、鼻水でべたつく僕の手を彼はしっかり握り、
「でも、4月からだってサークルEに籍は置いてあるんだろ?だったらまだサークルEじゃん。仲間じゃん。そうだよな。やっと一緒に踊れるよな。ここまで、長かったよな。楽しもうよ。」
そう言った。そして僕は、ミニ学園祭の舞台に立った。

ミニ学園祭後、駅で飲んだと書いた(10/14)。あの時は酔ってよく覚えていないと書いたが、はっきりと覚えていて書かなかった事がある。泥酔した僕はあの夜、駅付近で鞄を枕に横になっていた。そしてM君(暴れん坊将軍)やM君(若武者)が『来年』のサークルEの代表や目標の話をし、R君(シャイニングブレイカー)やM先輩(鬼ロッカー)が学園祭について話しているのを聞いていた。そしていつしか、泣いていた。
「ヨネが泣いてるぞ!!お前どうした(笑)」
M君(暴れん坊将軍)のその声に、僕は耐えていた気持ち、黙っておくべきだった気持ちを明かしてしまった。
「オレは来年の4月からダンスをやめるんだ。だからきっとクラブイベにも学園祭にも出られない。11/2でにわかポップロックチームも最後だ。お世話になった先輩や、必死で次にサークルを引っ張るお前らの力になりたいが、オレにはその時間も実力もない。本当にすまない。」
M君(暴れん坊将軍)やM君(若武者)だけじゃない。あの場にはT先輩(ダンスサークルB29)もいた。K先輩(1000の笑いを持つ男)もいた。後輩S君(完璧男)もいた。明かすべきでない思いを、僕は最悪のタイミングで明かし、そして止められなかった。
「なんでだよ!?理由を言ってくれよ!!そんなの納得出来ないじゃん!なぁヨネ、なんでなんだよ!!」
M君(暴れん坊将軍)もM君(若武者)も、そう言って泣いてくれた。つい先ほどまでゲームをやって、負けた奴が強い酒を一気飲みして泥酔して騒いでいたのに、今、馬鹿みたいにそこで泣いてわめいている。訳が分からなくなった空気に、R君(シャイニングブレイカー)はそこで初めて口を開けた。
「ヨネは来年の4月からダンスが出来ないらしいです。サークルEには籍だけおいとくらしいです。オレは夏合宿の夜、この話を聞きました。『黙っといて』と言われ、理由を聞いても教えられないらしくて。」
R君は本当に誰にも言っていなかった。あれたけ人気者で、あれたけ仲のいい仲間に囲まれていても、彼は僕との約束を守った。R君に打ち明けたのは、正しかった。
ただ泣くしか出来なくなった僕を見て、M先輩は言った。
「お前何みんなの前で言ってんの?学園祭まで内緒にしとくってお前が言ったじゃねぇか。それをここでいうって、最悪じゃね?」
そしてM先輩は僕のところに来て、酔いと絶望で横になる僕を無理やり起こし、耳元で囁いた。

「自分で決めたんじゃねぇのかよ。なぁ。お前が決めたんだろ?お前それ言って、なんか変わんのかよ」。
そう。10/16、このブログに名前を隠して載せたのは名言の主はM先輩だった。M先輩はそう言って、僕の尻を思いっきり蹴って、しばらく姿を消した。
M先輩は何も間違っていない。自分で下した決断を悔いていた事、周囲に大勢いたのに平気で暴露した事、そのタイミング…何もかも僕が間違えていた。だから僕はその日以来、残る時間を必死で楽しもう、何かを残そうと決意した。
にわかポップロックチームを脱退し、いよいよ学園祭に向け素っ裸な状態となった。もしかしたら僕は、ボーグに出たかった訳でも、萌えに出たかった訳でもないのかもしれない。ただ自分が出る最大のダンスイベントで、少しでも色んな人と組みたかったからなのかもしれない。最後まで爪痕を残す事を諦めたくなかったのかもしれない。
だから僕は、今回の学園祭に勝負を懸けた。それが『真撃』。『鯖威張(サバイバル)』は最後までサークルEとして生き残るという気持ちを乗せた。『生き様』はその名の通り、自分がサークルEを選んだのは間違いではなかったと、あと何か月ではなく今この瞬間踊れているという幸せを噛み締めるためだった。そして11/23、16:30から待ち受けていたのは学園祭のステージ公演、『米田祭~真撃の巻~最後舞(ラストダンス)編』。これが真実だ。
第二回教室公演『米田祭~真撃の巻~生き様編』を終え、時刻は13:30すぎだっただろうか。15:00にこの教室にロッカーで集まり、15:30に荷物を持って控え室に行き、16:30に公演が始まる。僕は荷物をまとめ、教室内の装飾を一通り片付けると、後輩E君(第二のヨネ)と後輩S君(完璧男)らと共にコンビニへ飲み物を買いに行った。
コンビニから出て教室に戻る途中。
後輩E君「ヨネ先輩、S君(=後輩S君。完璧男)はほんと完璧なヤツです。オレ、アイツに勝とうと思って、レジでお釣の3円を募金したんですよ。そしたら次にレジに行ったアイツ…」
ヨネ「どうしたの?」
後輩E君「『袋はいいです』って…。」
ヨネ「完璧だwww」

教室に戻ったのは14:30。時間がなかったため、僕は腹をある程度満たし、そのまま寝た。途中何度かシャッター音がして嫌な予感がしたが、どうせ撮られるならノーガードの方がいいだろうと思い、そのまま手で顔を覆う事はしなかった。
15:00。ロッカーが集合した。コマ責のK先輩(ちょんまげイケメンポーズ伝道師)は、レギュラーロックを取った全てのメンバーに手紙を書いて来てくれた。そして栄養ドリンクまで振る舞ってくれた。思わず目頭を押さえるK先輩や、後輩の女の子達。しんみりする前に、移動を開始した。
15:30からの控え室での猶予は、長すぎたのかもしれない。トイレに行き、着替えを済ませ、二三話しても、まだ本番まで30分以上あった。
K君(飲み会ハッスラー)が
「いつもの頼む!」
と言って来た。『いつもの』と言っても、この学園祭期間に始まった、二人のストレッチタイムだ。僕は彼に言いたい事がありすぎて、でも言うには涙を堪えられそうになくて、最小限の会話しかしなかった。
T君(フロムオタクトゥーロックフロム埼玉)がガチガチに緊張し、それを周囲が笑う中、時間は過ぎていよいよM先輩(鬼ロッカー)から全体へ言葉が与えられた。そしてステージ脇へと向かう前、僕はR君(シャイニングブレイカー)の所にいき、握手してもらい、抱き合い、
「スマン。いっぱいいっぱいだ。」
と伝えた。
「泣いていいよ」
いたずらっぽく笑う彼に、僕は意地でも涙を見せなかった。
そしてステージ脇へ。ここであったのが、K君(飲み会ハッスラー)だ。自然に握手し、抱き合えた。
ヨネ「オレ、後悔しないようにやるよ。」
K君「おう、悔い残すなよ。」
かくして、僕らは円陣を組み、いざ舞台へ。OPの曲が始まった。
いつしか全員でテンションをあげる事が出来たOP。開会式の時と違い、その時ロッカーはもちろん8人全員がそこにいた。ブレイクの場面はみんなで盛り上げ、最後はみんなで決めポーズ。僕はブレイクの衣装に着替えた。
着替えてステージ脇に戻った。度重なる深夜練で独創的な世界観を作り出したボーグは、本当に多くのジャンルから垣根を越えて集結した個性派ダンサーによって演出された素晴らしいもの。そしてK君(飲み会ハッスラー)などさりげなく多くの仲のよいダンサーがいるのがHip Hop。彼らの次に、ブレイクである。
ポーズを決め、何度も何度も練習したシーンから始まり、R君(シャイニングブレイカー)は後転倒立からのスピンを決めた。M君(暴れん坊将軍)、K先輩(1000の笑いを持つ男)、T先輩(ダンスサークルB29)がソロを決め…バク宙。舞台から落ちるのを恐れ、正直ステージのスプリングを活かす事は出来なかった。ただ、着地した。アクロバットな動きを公でやるようになったのは今年の夏辺りからだった。M君(暴れん坊将軍)がコマ責のT先輩(ダンスサークルB29)に「ヨネ、バク宙できますよ」と言い、そしてT先輩はチャンスをくれた。
組む事はないだろうとも思っていた天才ブレイカーY君(シューティングスター)との空中共演が決まり、M君(暴れん坊将軍)、R君(シャイニングブレイカー)、後輩S君(完璧男)の自己紹介ムーブ。そしてラストが僕の『土ジャンプ』と『ピョンピョン』。ユニゾンを決めたあとのラストシーンは、M君(暴れん坊将軍)とR君(シャイニングブレイカー)に囲まれた状態で迎えられた。
快心の出来栄えに大歓声が降った。ステージを降りると、下で見ていた他ジャンルのダンサーたちに迎えられた。そして控え室に戻ると、T君(フロムオタクトゥーロックフロム埼玉)が「ふざけんなよぉ~」とわめき、カバンに伏して泣いていた。ダンスは自分のために始め、自分のために続けていた。だがこうして自分のステージを見て涙を流すものがいて、僕は嬉しかった。
泣かせた後は笑わせなければいけない。ジャンル『萌え』に向け、オタクの衣装に着替えた。いよいよ始まった。観衆の中には、歌や踊りを共にこなす本物もいて、ハンパない盛り上がりを見せた。
そして、チーム『テイクザドリーム』。M先輩(鬼ロッカー)提唱のこのチームは、途中K先輩(1000の笑いを持つ男)を総監督とし再出発。解散の危機の中で行った深夜練で全てを巻き返し、その後はネタの完成度をあげた。踊っている時は必死すぎたが、終わって曲が止まった時に浮き上がった大爆笑と拍手と歓声はたまらなかった。チーム『テイクザドリーム』は、確かにその瞬間、夢を掴んだ。
ロック。衣装を直前まで悩んだこのジャンル。二年間没頭したこのジャンルで、僕は学園祭の最後を飾れて嬉しかった。去年一番後ろの列の一番端っこで踊る機会が多かった僕が今では真ん中や最前列をもらえている。事情を知っているM先輩(鬼ロッカー)らの配慮である事に違いはなかったが、ありがたかった。フリーの2×8カウントはもう力一杯、自然と出た笑顔で踊った。そして最後のパート別の振りへ…。
片膝状態で控えていると、偶然M先輩(鬼ロッカー)と目が合った。M先輩は一瞬笑って、「最後頑張ろうぜ」とばかりに背中をポンと叩いてくれた。その瞬間、お世話になった先輩への感謝が込み上げて来て、それなのに僕は恩を返せずダンスを去るのが申し訳なくて、情けなくて。
ポーズのシーンでちょんまげイケメンポーズを決めた。ボックスステップはK先輩(ちょんまげイケメンポーズ伝道師)に褒められた変態ムーヴ。そして、僕のロックステージは終わった。
最後のアウトロはK君(飲み会ハッスラー)の隣りで踊る。舞台袖でK君と会い、抱き合った。涙が溢れた。同期とのパートを踊り、最後はサークルE全員でユニゾン。全てが終わり、M先輩(鬼ロッカー兼代表)は公で初めて泣き、マイクで挨拶をした。M先輩には次期代表となるM君(暴れん坊将軍)から、K先輩(最強最恐ジャザー兼副代表)には次期副代表となる予定のR君(シャイニングブレイカー)から記念品が渡された。M先輩をみんなで胴上げし、そしてT先輩(ダンスサークルB29)はM先輩と抱き合った。去年、舞台裏でM先輩の影に潜みひっそりと泣いたT先輩は今年、M先輩と抱き合って二人で泣いたのだった。
記念撮影を終え、ステージを下りた。最後まで泣かず、MCを務め終えたR君(シャイニングブレイカー)と、僕は抱き合い、また号泣した。
「泣いてるんじゃないよ!!」
と最後までR君は毅然といじって振る舞った。僕は何もかもが込み上げて来て、周りが「お前そういうキャラじゃないだろwww」「泣いた振りすんなよwww」といじられる中でまた泣いた。

僕らは控え室に戻った。各自各ジャンルでの記念撮影。Y君(省エネロッカー)が聞いて来た。
「ヨネ、なんであんな泣いてたの?」
僕はこの時、初めて彼に打ち明けた。
「今日で最後だ。」
Y君はかなり早い時期から僕のそれを勘づいていた。そして何度も真実を聞こうと尋ねて来た。僕は何とかはぐらかし続け、この日まで来た。僕は、3月いっぱいでダンスをやめる。

教室に戻り、引退する先輩や大役を果たした代表副代表からの言葉があった後、打ち上げに向けて動き出した。僕らは後発隊で、ギリギリまであと片付けに終始した。
打ち上げの店に到着した。
席は大半が埋まっており、僕はポップとロックの融合席に座った。打ち上げが始まり、各ジャンルのコマ責へのプレゼントが渡された。ブレイクのコマ責のT先輩(ダンスサークルB29)には、『寄せ書き』ではなく『文集』が与えられた。400字詰めの原稿用紙に、ブレイカーは感謝の文をしたためた。ジャンル『萌え』のコマ責のR先輩(酒豪of the ギャップ)にはみんなで「ギョウ!!」と言いながら贈呈。チーム『テイクザドリーム』の総監督であるK先輩(1000の笑いを持つ男)には、男同士ならではのプレゼントが与えられた。そしてロックコマ責のK先輩(ちょんまげイケメンポーズ伝道師)と就活を控えるM先輩(鬼ロッカー)には、それぞれディズニーのチケットや就活カバンが与えられた。
僕はあまり飲んでおらず、ほとんど酔っていなかった。度重なる席替えの末、ブレイカーの席に座り、ゆっくり飲んでいた。すると、横から話しかけて来た者がいた。先ほど、次期代表として一気飲みを果たしたM君(暴れん坊将軍)だった。
M君「ヨネ、言わないのか?」
ヨネ「うん。いいんだ。」
M君「言った方がいいよ。」
ヨネ「いいんだ、いいんだよ。知ってるヤツが、知っててくれればいい。」
M君は泣きながら言った。
「いつでも戻って来てな。待ってるから。」
僕はその言葉に泣いた。
M君と泣いてると、
「ヨネ、ふざけるんじゃないよ!!ステージ、オレ泣いてないんだからさぁ!!」
とR君(シャイニングブレイカー)が近付いて来た。
「なんでお前なんかのために泣かなくちゃいけないんだよ」
とM君(若武者)が来た。R君とM君は、花見で出会った僕にとっての初期ロッカー軍団だった。
「ヨネお疲れ。にわかポップロックチーム楽しかったよな!」
相変わらず勘がいいT君(フロムオタクトゥーロックフロム埼玉)はやはり、僕のダンス引退も知っていた。誰かに聞いたのかもしれない。
「おっかしーな…オレだけなんで泣けないんだろ(笑)」
と笑うのはY君(省エネロッカー)。そして最後に来たのがM先輩(鬼ロッカー)。
「オレは二年でやめさせるためにお前にダンスを教えたわけじゃねぇ!!」
と僕の後頭部を数回殴り、そのまま僕にもたれて泣いた。M先輩はステージでもその後の教室での挨拶でも、泣き崩れたりはしなかった。そのM先輩が、オレのために泣いてくれた。
気付けば僕は、M先輩(鬼ロッカー)、R君(シャイニングブレイカー)、M君(暴れん坊将軍)、M君(若武者)、T君(フロムオタクトゥーロックフロム埼玉)、Y君(省エネロッカー)に囲まれて、記念撮影をしていた。
「いつも『同期ロッカーは4人だ!!』って言ってたけど、あれ冗談だから!!5人だから!!」
「ミニ学園祭のOPのロック振り、オレ好きだったよ。」
「早く戻って来いよ!」
数々の言葉をもらいながら撮った写真は、きっとメチャメチャな表情をした、二年間の集大成だったと思う。

打ち上げを終え、僕はY君(シューティングスター)と握手をし抱き合った。「一緒にバク宙決められるとは思わなかった。Y君の質には叶わないけど、オレは嬉しかったよ」と告げると、「二人だからいいんだよ」と言われた。
去年のクラブイベあたりから仲良くなり、周囲と違いサークルに馴染むのが遅かった僕とY君(省エネロッカー)。二人で、ここまで来た。いがみ合い弾き合い、そこに確かな壁を構築し続けた彼と握手し、抱き合い、彼は初めて泣いた。
K君(飲み会ハッスラー)と打ち上げで話せたのはこの直後が初めてだった。自分から手を差し出して抱擁をしてくれた。タイプが全然違う僕らが話せて、仲良くなれて、チームを組めたのは奇跡だ。彼が手に持っていた火のついたばかりのタバコは、彼が泣きやむ頃にはもう吸う事ができなくなっていた。
何名かの後輩が僕の元に来て感謝の言葉を述べてくれた。ありがたいが、僕はそうされるような事はしていない。好きな時に好きなヤツと話した。後輩と仲良くなってすぐ別れるのが辛いから「オレがダンスお前らに教えられるのは夏までだから!」といって交流を絶とうとした事もあった。
泣きすぎた飲み会で、大半の人が僕の事情を知った。K先輩(ちょんまげイケメンポーズ伝道師)は「よく言わずに今日まで我慢したね。偉かったね」と言ってくれた。ボーグをドタキャンし迷惑をかけたA先輩(パイオニア)も泣いてくれた。
同期は僕を囲んで写真を撮ってくれた。本当に幸せだった。十名を超えるダンサーがそのままM先輩(鬼ロッカー)の家に向かった。僕は初めてその日、M先輩の家に足を踏み入れたのだった。


僕がダンスをしているというと、誰もが違和感を覚える。事実、僕みたいな、対人関係やらファッションやら流行やら勉強やらに独特のスタンスを持つ者は、サークル内で数少ない。だから、馴染めなくても気にする事はなかった。ただ、違った。他とは違うカラーを認めた奴等がいた。同じようにゆっくりゆっくり馴染んでいった奴等がいた。僕のキャラクターを構築した奴等がいた。チームを組み、またそれを引っ張った先輩がいた。実力不足な僕にも、感謝をしてくれた後輩がいた。そして忘れられない、同期と作り上げたミニ学園祭…。

ブログで書いて来た『タイムリミット』とは、12月に行われる予定だった、先輩達の追い出しパーティーを指していた。自分で言うのも恥ずかしいが、施設のミスをやらかしたのに「そんなのはいいからダンス上手くなってくれ!」と言ったM先輩(鬼ロッカー)を、僕は本気で実力で抜かそうと思っていた。ただ、やはりそれは無理だった。
傷つけられ、だから傷つけを繰り返したダンスサークルE。僕は4月から席はそのまま置きつつも、それと同時に距離も置く。仕方がない、ただそれだけしか今は言えない。でも僕は、いつかまた帰ってこられるという可能性があることを信じている。4月から、ダンスはおしまい。
これが、僕がかました真撃だ。


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